Man and Woman

clover

13.

 アパートに帰るつもりで外に出たが、ふと立ち止まって考えた後、礼拝堂に向かった。
 そっと扉を押し開け、中に誰もいないことを確認してから中に入り、扉を閉める。
 この礼拝堂はいつでも誰でも入れるようにという鈴元牧師の意向で、常に鍵をかけずにいた。

 祭壇を照らす小さな明かりだけをつけて、ベンチの端に腰を下ろす。
 俯いたら自然と自分の胸元が視界に入り、先程の麻野との行為を思い出されていたたまれなくなる。
 佐奈は深くため息をついて目を閉じた。
 ブラウスの上から胸元をぎゅっと押さえる。
 服に隠れた素肌にはまだ、先程の余韻が残っていた。
 口づけの痕の微かな痛みや、胸元の痺れるような刺激に体が震える。
 そしてどうしてか、身体の奥深いどこかが熱く疼いてその熱は一向に冷める気配がなく、しかしどうしたらその熱が治まるのか、佐奈には見当もつかずに、ただ自分の身体を抱きしめるしかできなかった。

 ……わたし…どうなっちゃうんだろう……。

 こんな感覚ははじめてだった。
 男性が自分の肌に触れるということ自体はじめてなのだから、わからないのも当然とも頭のどこかで思う。
 それでも、何か大きな波に足元から攫われてしまうような不安に襲われる。

 ……不安になることなんか、ないはずなのに……。

 麻野は自分のことを愛してくれている。
 そして自分も、麻野のことは『愛している』とまでは言えないものの、好意を持っているはずだった。
 それなら何も問題はないはずなのに、なぜこんなにも不安になるのか、佐奈には自分の心の中がわからなかった。
 礼拝堂の静けさの中に、時々零れる佐奈のため息だけが微かに響く。

 ……このまま…これでいいのかな……こんなことは、……ほんとうに、許されるのかな……。

 正面の祭壇を見上げる。
 しばらく見つめたあと、また目を伏せた。

 どのくらいの時間そう過ごしていたのか、身体がやっと落ち着きを取り戻して腕時計を見るまで、佐奈にはわからなかった。
「もうこんな時間……」
 慌てて立ち上がったときに軽い空腹感を覚えた。
 扉を開け、自転車を置いている玄関へ急ぐ。
 そのとき偶然、カウンセリング室のカーテンが開いたことに、佐奈は気がつかなかった。




「この前、ずいぶん遅くまで礼拝堂にいたんだね」
 ことん、と机にカップを置く音と同時に麻野が切り出した。

 三日後、また麻野が出勤してきた日の夕方、佐奈はいつもと同じようにコーヒーを持ってカウンセリング室を訪れた。
「あ……え……どうして、知ってるんですか?」
「そろそろ帰ろうと思ってカーテンを開けたときに見えたんだ」
 麻野の肩越しに、カウンセリング室の窓から薄闇の中にうっすらと礼拝堂の扉が見えた。
 佐奈の視線はそのとき麻野が引いたカーテンに遮られる。
「あそこには、よく行くの?」
 事務椅子に腰を下ろして、麻野が佐奈を見上げた。
「えっと、たまに、です。考え事があるときとか……落ち着くんです」
「そうか。……何を、考えてたの?」
 と、佐奈の手を引いて抱き寄せた。
「あ……あの……この前はあまり…考え事をしてたわけじゃなくて……」
 佐奈の言葉が途切れたときに、麻野の唇が佐奈の唇を塞ぐ。

 迷うことはあっても、佐奈にはそれらの迷いに対して出せる答えはなかった。
 ならばいっそ、麻野に全てを委ねてしまってもいいのかもしれない。
 あの日、アパートについた頃にはそう考えていた。
 それを思い返しながら、目を閉じる。

「……じゃあ、どうして?」
 深い長いキスから解放され、小さくため息をついた瞬間、耳元に唇が触れる。
 思わず首を竦めると、今度は喉元を指先で撫でられて、いやいやと首を振る。
 佐奈のその様子を、麻野は面白そうに微笑みを浮かべて見つめていた。
「……からだが、…言うことを聞かないというか……まだ…こういうことは、慣れてないので……」
 麻野は佐奈の言葉を聞きながら、カットソーの中に手を滑り込ませる。
「体…どんな感じがした?」
 素肌に触れられると、佐奈の肩がぴくりと震えた。
「あの……胸の中が……心臓が苦しくて……ずっと、からだの中が熱くて……」
 佐奈の服は胸の上までたくし上げられ、肌の上をゆっくりと麻野の手のひらが愛撫していく。
 その愛撫のせいで、佐奈の言葉は途切れ途切れになり、呼吸が荒くなっていく。
「それは、治まったの?」
 胸の膨らみを下着ごと両の手のひらで包み、ゆっくりと揉む。
「…っ……あ……しばらく、…時間が…かかりましたけど……」
 片手を背中に回し、ブラのホックを外す。
 先日よりもずっと滑らかな動きでその行為が行われていく。
 佐奈はただ、麻野にされるがままでいるしかできなかった。
「教えてあげるよ、…その熱を治める方法」
「あ……!」
 麻野が胸元に口づけると同時に、佐奈の口から小さな悲鳴が漏れる。
 ただ肩に下がっているだけになったブラを唇でずらし、裸の胸に唇を這わせた。
 背中を抱いていた手がゆっくりと下がっていく。
 尻の丸みを確かめるように手のひらで愛撫し、そしてジーンズのウエストに手をかけた。
「あっ…先生……!」
 佐奈が驚いたような声を上げたが、麻野は躊躇することなくボタンを外し、その中へ指先を滑り込ませる。
 椅子から立ち上がり、机との間に佐奈を挟むような格好になった。
 佐奈は自分の体を支えるために机に手をつき、そのせいでただ立っていることしかできなくなる。
「熱く疼くのは、このあたりだっただろう?」
 その言葉に佐奈の心臓がどくんと跳ね上がった。
「どうして……」
「わかってるよ」
 ジーンズを下げながら佐奈のショーツの中に指を進めた。
「あっ…あ……!」
 今まで他人に触れられるようなことのなかった場所に触れられる羞恥心で佐奈の頭の中は真っ白になる。
 真っ赤になって俯く佐奈の頬や鼻先にやさしく口付けをしながら、麻野の指先はまだ奥を目指していく。
「ここだよ。…ここが、熱くなるんだ。……今も、そうだろう?」
 その指摘に佐奈は素直に小さく頷く。
 胸に与えられた刺激がそのままそこに繋がっているような感覚で、体の芯からじんじんと痺れるような熱を放っているように思えた。
「まだ初めてだからね。そう深く触れることもできないかもしれないけど……でも、すごく熱いよ。こうしているうちにも濡れてきてる」
「ああっ……!」
 麻野の指がそこを撫でるだけで、気が遠くなりそうな気分になる。
 膝ががくがくと震え、しゃがみこんでしまいそうになるが、麻野にしっかりと腰を抱かれていてそれも許されない。
 きつく目を閉じてその刺激に耐えるしかなかった。
「自分で触ったことはない?」
 その問いには首を横に振って答える。
「じゃあ、どうしても辛かったら、自分でここに触れるんだ。こうやってね」
 と、十分とは言えないまでも、潤いはじめたそこに指先を沈めた。
「んんっ…あ……!」
「少し痛いかな? はじめてだからね、仕方がないよ」
 ある程度まで進んだら引き抜き、また押し進める。
 それを何度も繰り返しながら、少しずつ最奥に近づいていく。
「せんせい……」
 瞳を潤ませて麻野を見上げた。
 佐奈には、その眼差しは普段と変わらない、穏やかな微笑みに見えた。
「そういう顔も、いいね。綺麗だよ」
 と、唇を重ね合わせた。

 ……そうだ…先生がいつもと変わらないから、不安になるんだ……。

 キスを受けながら、頭の片隅で気づいた。
 自分に対しても、子どもたちに対しても、麻野の笑顔が変わることがない。
 それがかえって佐奈を不安にさせる。

 ……わたしは…先生のこと、何も知らない……。

 ふと、佐奈は麻野のシャツの肩をきゅっと握った。
「……佐奈?」
 麻野は唇を離して、やや不思議そうな表情を浮かべる。
「あ……ごめんなさい……」
 俯く佐奈の頬をそっと持ち上げて、上を向かせた。
 するりと体の中から麻野の指が引き抜かれる。
「あ…っ……」
「ほら、見てごらん。…佐奈がこんなに、僕の指を濡らしてるんだ」
 目の前に出された指先が、透明な粘液で濡れているのがはっきりとわかる。
「あ…や……」
 そうやって見せられたことでまた羞恥心が高まってしまう。
「こんなに、僕のことを求めているんだね……うれしいよ」
 と、その指を口に含む。
「や、先生…っ……そんなの、汚いですからっ……!」
「佐奈は、綺麗だよ」
 いつもの微笑みを浮かべて、軽いキスを唇に落とした。
「……さあ、そろそろ時間だ。今日は食事の後に約束があるんだよ」
 麻野の言葉を聞いてはっと時計を見ると、食事の時間が終わろうとしていた。
「あ…はい……」
 慌てて服を直すが、指先が震えてしまってもたつく。
「慌てなくても大丈夫だよ」
 麻野はくすくすと笑いながら、椅子に深く腰を下ろした。
「……まだ少し物足りないかもしれないけど、…少しずつって約束したからね」
「え……あ……はい……」
「もし、どうしても我慢できなかったら、自分でしてごらん」
「そ、そんなこと……」
 真っ赤になって首を振る佐奈を見て、麻野は面白そうに声を出して笑った。



 カウンセリング室を出て、ため息をつく。

 ……こうやっているうちに、先生のこと…もっとわかるようになるのかな……。

 振り返って扉の向こうの麻野を想像する。
 これからこの部屋を訪れる子に対しても、きっと先ほどと同じ穏やかな笑顔で話を聞くのだろう、と思う。

 ……わたしの気持ちだってまだ、確かなものじゃないのに……自分だけ特別にしてほしいなんて、欲張りすぎるよね……。

 またため息をついてから、事務室に向かった。
 その先の廊下の向こうから、子どもたちの賑やかな声が響いていた。