Man and Woman

clover

16.

 金曜日、麻野が出勤する日だったが、その日もキスをして肌に紅い痕を残すだけだった。

 風呂に入るために服を脱いだ佐奈は、ふと鏡に映った自分の裸を眺めた。
 胸元や肩に散った紅い花びらのような痕にそっと指先で触れる。

 ……先生の、しるし……。

 麻野が言っていた言葉を思い出す。
 今日の別れ際には耳元で「日曜が楽しみだよ」と囁いた。
 その声を思い出すと心臓が高鳴る。

 ……日曜日…わたし…どうなるんだろう……。

 ぼんやりと想像してみるが、知識に乏しいせいなのか羞恥心のせいか、何も浮かばない。
 ただ、麻野のキスや愛撫の感触を思い浮かべて頬を赤らめるだけだった。




 約束の日曜日は、前夜から降り出した雨が止むことなく街を濡らしていた。
 佐奈はどこかぼんやりとした気持ちで麻野との約束の時間を待っていた。
 窓辺で麻野の車が到着するのを見、玄関に急ぐ。
「また、待たせちゃったね。今日は少し道が混んでたんだ。ごめんね」
「いえ、そんな…平気です……あの……」
 今日の予定は全く決めていない。
 どこに行くのか、何をするのかもはっきりしていなかった。
「……僕のうちで、いいかな?」
 その言葉にどくん、と心臓が脈打つ。
「……はい……」
 麻野は消え入りそうな声で返事をした佐奈の手を引いて外へ出た。


「佐奈」
 運転しながら助手席に座った佐奈の右手を握る。
「あ、…はい……」
「緊張してる?」
 くすくすと笑いながら、その指先に口付ける。
 佐奈の手は緊張のせいですっかり冷たくなっていた。
 指先を暖めることができるよう、包み込むように手を握る。
「あ、あの……少し……」
「言っただろう? 佐奈のことは、大切にするって」
 心配しないで、と続ける麻野の横顔を見上げた。
「……はい……」
 車窓に当たる雨音が少し強くなったような気がした。



 麻野の部屋に通された佐奈は、緊張した面持ちのままリビングのソファに腰を下ろした。
「今、お茶でも淹れるよ。紅茶でいい?」
「あ、はい。おかまいなく……」
 麻野は佐奈の言葉に少し笑って、キッチンに向かう。
 その背中を見送ってから、小さくため息をついた。
 程なくして、マグカップをふたつ持ってキッチンから戻った麻野が、佐奈の顔を見てくすくすと笑う。
「そんな硬くならなくても」
「え、…そ、そんなことは……」
 麻野は佐奈の前にカップをひとつ置き、佐奈の隣に腰を下ろした。
「取って食おうってわけじゃないんだから」
「はあ……」
「そうか、佐奈は気づいてないかな」
 両手でマグカップを包み込むようにして持ち、紅茶を一口飲む。
「はい?」
「僕はね、セックスができない体なんだよ」
 世間話をするような口調で言う麻野の顔を見上げた。
 その顔は、佐奈には普段と何も変わりがないように感じられた。
「…え……?」
「この前、見せただろう? あの火傷のせいでね。……しょうがないよね、下半身全体を火傷して、それでも生きていられたんだからそれでいいと思わないと」
「でも……あの……」
「でも」
 と、言葉を続ける麻野の表情に、やや意地悪な色が浮かんだ。
「…佐奈を悦ばせることは、できるよ」
 持っていたカップをテーブルに置き、佐奈の後ろの背もたれに手をついて佐奈に口付けた。
「…ん…っ……」
 唇の隙間から麻野の舌が侵入し、佐奈の口内をゆっくりと味わう。
 もう何度も繰り返している行為ではあるが、その度に佐奈は必要以上に目をきつく閉じ、体を硬くしてしまう。
「……ベッドのほうが、いいかな」
 麻野が唇を離して耳元で囁くと、佐奈の肩がぴくりと震えた。


 麻野に手を引かれて寝室に入る。
 リビングと同じく、茶系でまとめられたインテリアが麻野らしいと佐奈は頭の片隅で思った。
 ベッドの縁に腰を下ろして、またキスをする。
 麻野が言った『セックスができない』という言葉が、佐奈の頭の中で繰り返されていた。
 しかしその言葉の意味を佐奈はぼんやりとしか理解できていなかったし、深いキスのせいで何かを考えることができなくなっている。
「あ……」
 麻野の唇が頬を伝って耳元に触れる。
 吐息が耳を擽り、佐奈の口からは思わず声が漏れた。
「佐奈」
 耳元でしか聞こえないだろう、掠れた声で名前を呼ぶ。
 今まで自分の名前をこれほどまでに甘く美しく囁いた人間がいただろうか、と考える。
「…先生……」
「愛してるよ」
 唇が首筋を滑って服の上から胸元に口づける。
 ブラウスの裾から手を入れ、背中をゆっくりと撫でる。
「今日の服もかわいいけど……ちょっと脱がせにくいね」
 鎖骨の辺りに唇をあてたまま、くすくすと笑う。
「え…あ……」
 スモックのような形をした白いチュニックブラウスの襟元を留めている細いリボンを唇で挟み、解く。
 リボンが解かれると、そこにはクローバーのペンダントと、麻野が先日つけた痕がまだ紅く存在を主張していた。
 麻野はそこに指先で触れて、それから唇で軽く触れた。
 背中を撫でていた手がブラウスをたくし上げ、佐奈の首から引き抜く。
 佐奈はつられて袖から腕を抜き、キャミソール姿になった。
「佐奈はいつもシンプルな下着だね。もっとかわいいのでもきっと似合うのに」
 淡いクリーム色のキャミソールは、胸元に細いレースが施されているだけのシンプルなもので、ブラやショーツもいつもそれと似たようなシンプルなものばかりだった。
 麻野は指先でそっと佐奈の二の腕を撫で上げ、肩を抱きながら佐奈の体を倒す。
「怖がらなくていいよ」
 そう言って微笑む麻野の表情が、とてもやさしく感じられて、少しだけ緊張が和らいだ。
「…はい……」
 小さな声でそれだけ返事をする佐奈の鼻先にそっと口づける。
「……こういうことをするって、予想してた?」
「え、……いえ…あの……」
「でも、予想もしてなかったわけじゃないだろう?」
「あの……はい……」
 躊躇いながらも素直に認める佐奈の髪を、麻野は指先で梳くように撫でた。
「いつもと変わらないよ。…ただ、いつもよりもずっと、佐奈を抱いていられるってだけだ」
 麻野の言葉の持つ意味は、今の佐奈には理解できていなかった。


 こんなに、誰かの前で肌を晒したことは今まであっただろうかと、ぼんやりとした頭の片隅で考える。
 少なくとも男性の前では初めてだ。
 激しいキスを受けるだけでもう頭が麻痺してくる。
 そのうちに麻野の指がジーンズにかかった。
「あ……」
「これももう、邪魔なだけだよ」
 フロントボタンを外し、その中に手を滑り込ませて下に下げる。
「脱いで」
 麻野の言葉に従い、太腿まで下げられたジーンズを脚を動かして脱ぐ。
 その脚をゆっくりと麻野の手が撫でていく。
「あ…あっ……」
 言葉にならない声しか発することができない。
「その声も、もっと聞かせて」
 と、キャミソールの中に麻野の手が滑り込み、胸の膨らみを包む。
「ああ…っ……!」
 柔らかく包み込むように揉まれたかと思うと、指先に力を込めて強く揉まれる。
 下着の上から先端を摘まれたとき、佐奈は小さな叫び声を上げた。
「あっ……!」
「痛い?」
 麻野の問いに、首を横に振る。
「痛く…ないです……でも、……」
 その刺激で、体の奥底が熱く疼き出す。
 しかし、佐奈はそのことを上手く表現できなかった。
「…もっと、してほしい?」
「あ…よく、わかりません……わたし……」
「まだ、そうかもしれないね。……これから、教えてあげる。佐奈が、自分から欲しがるようになるようにね」
 と、背中のホックを外し、キャミソールごと脱がせた。
 裸になった胸の先端を口に含んで舌の先で転がすように舐める。
「はあ…っ……!」
 佐奈の反応をじっと見つめる麻野の視線を避けるように、きつく目を閉じて顔を背けていた佐奈に、
「佐奈…僕を見て」
 と、声をかける。
 恐る恐る目を開けると、麻野の唾液で濡れた自分の肌と、透明なレンズ越しに自分を見つめる麻野の瞳が目に入った。
「……僕がどんなふうに佐奈に触れているのか、見ていて」
 指先だけが触れるようにしながら、腹の上を通り、ショーツにかかる。
「あ…っ……でも…恥ずかしくて……」
 佐奈の脚の間に膝を割り込ませて脚を開かせる。
 ショーツの上から中心の辺りをゆっくりと撫でると、佐奈の背中が仰け反って震えた。
「ああっ……!」
「ここ、もう今でも熱いだろう?」
 麻野に指摘されたとおり、そこはじんじんと痺れるように熱を帯びているのが自分でもわかる。
 佐奈は素直に首を縦に振った。
「でも、まだまだだよ。…これからもっと……蕩けるくらいになるんだ」
 ショーツに指先がかけられ、下に降ろされる。
 佐奈は恥ずかしさのあまり、思わず目をきつく閉じた。
「もう少し、脚を開いて。…膝を立てて」
 麻野の膝が片方やっと入っていただけだった脚の間だったが、麻野に促がされてそろそろと肩幅程度まで開いた。
 脚からショーツを引き抜かれ、そのときに膝が少し浮くように脚を曲げる。
「よく見せて」
「は…恥ずかしいです……」
 両手で顔を覆うが、その手は麻野の手によって外されてしまう。
 佐奈の鼻先にキスを落としてから、麻野の視線は今初めて他人の目に触れることになった場所へと移った。
「きれいだよ……瑞々しい果実のようだね」
 指先でそこを開くと、微かな水音を立てる。
 中指をゆっくりとその中へ埋めていく。
「ふ…ああ…っ……!」
 異物が侵入する圧迫感に、佐奈は枕の端を握って耐える。
 痛みを感じるわけではなかったが、何か追いつめられていくような感覚に襲われる。
「痛い?」
 その問いかけに、首を横に振った。
 麻野はくすっと笑ってから、佐奈の中に埋めた指を動かしていく。
「…っ……あ……ああ…っ……」
 佐奈の耳に自分の荒い呼吸に混じった声と、やや粘着質な水音が聞こえる。
 胎内を探るようにゆっくりと蠢く指の動きに体を震わせた。
「はあっ…ん……」
 奥歯を噛み締めても唇から零れてしまう喘ぎ声は、自分のものであってほしくないと思えるほど、甘く淫らな声をしていた。
「声、我慢しないで…もっと佐奈の声を聞かせて」
 佐奈の気持ちを見透かしているように、耳元で麻野が囁く。
「や……」
「いけないことなんかないよ。……こうしていても佐奈はずっとバージンのままなんだから」
 耳元でくすくすと笑い、耳たぶを甘く噛む。
「ふ…んっ……あ……」
「僕には、佐奈の処女は奪えないからね」
 言葉とは裏腹に、どこか楽しげな口調で囁く。
 佐奈の喉元に顔を埋めているせいで、佐奈には麻野の表情が見えなかったし、どんな顔をしているのか気にするほどの余裕もなかった。
 ただ、与えられる刺激に翻弄され、追いつめられていく。
「あ…ああ…っ……」
 麻野の指が佐奈の胎内をゆっくりと出入りし、その動きにあわせて聞こえる音は一層水気を帯びていく。
 ペンダントのチェーンに沿って、麻野の唇が佐奈の喉元を滑った瞬間、佐奈の背中が跳ねた。
「ああ…っ……!」
「見つけた。…ここだね」
「ああっ……!」
 麻野が佐奈の胎内で探り当てた部分を指先で軽く押されるたびに、佐奈の体がびくびくと震え、小さな叫び声を上げた。
「…せんせ…っ……!」
 佐奈の唇をキスで塞ぎながら、探り当てた場所を愛撫する。
「んっ…んん…ふ……っ……」
 佐奈はもう、何も考えることができない。
 何か大きな波に攫われてしまうような気がして、必死に麻野の肩にしがみついた。
 急速に頭の中に霞がかかっていく。
「んっ…ふあ…っ…あ…ああ…っ……!」
 今まで経験したことのない身体の反応が起こる。
 頭の中で爆発が起こったかのように、きつく閉じた瞼の裏に白い火花が散っていく。
 背中がびくんと跳ね、それと同じように佐奈の胎内に挿し込まれた麻野の指をきつく締め付けていくのが自分でも感じられた。