Man and Woman

clover

17.

「は…っ……あ……」
 いつになったら荒い呼吸が治まるのかわからなかった。
 佐奈の目尻から涙が一筋零れ落ちる。
 頭の中の白い霞はまだ麻薬のように佐奈の脳内を支配していた。
「大丈夫?」
 耳元で囁く麻野の声に、小さく頷く。
「……気持ちよかった?」
 これが気持ちいいということなのか、佐奈にはよくわからなかった。
 しかし、頭ではまだ理解はしていなくても、体のどこかがまだ麻野の愛撫を求めている。
 できることなら認めたくはなかったが、そんな感覚が存在することは事実だった。
「……せんせい……」
 麻野は佐奈が零した涙を唇で拭う。
「綺麗だったよ」
 麻野の指はまだ、佐奈の胎内にある。
「ああっ……!」
 その指が少し動くだけで、佐奈の背中が跳ねた。
「こんなに濡れて……」
 指を抜いて佐奈に見せた。
「や……」
 透明な粘液が麻野の長い指に絡んでいる。
「かわいいな、佐奈は」
 その指を佐奈の唇に割り込ませた。
「んん…っ……」
「どう? 自分の味は」
 そう言いながらも、佐奈の口内を指でゆっくりと撫で回す。
 体に力が入らないままの佐奈は、麻野にされるがままだった。
「…ん……は……」
 指を引き抜いた時、透明な糸がすっと伸びてすぐに消えた。
「まだ時間はたくさんあるからね」
 と、胸から腹にかけて唇を滑らせていく。
「…あ……」
 小さな茂みを指の腹で撫でてから、その奥に顔を埋めた。
「あっ…だめ…っ……そんな……!」
 先ほどの熱がまだ残っているそこに唇をあてがい、舌先でなぞる。
 暖かな蜜がそこからにじみ出た。
「せんせ…っ……だめです……」
「どうして?」
 そこから顔を上げずに声を出されると、その微かな吐息でまた体が小さく跳ねる。
「だって……汚い…です……」
 恥ずかしさで目を開けていられない。
「汚くなんかないよ。とても綺麗で……美味しいよ、佐奈」
 と、指先でそこを広げ、舌を深くまで挿入した。
「ああ…っ……!」
 指で触れられるときとはまた違う、浅い部分に濡れた柔らかな舌が這い回る感触に体を震わせる。
 とろりと溢れ出した蜜を麻野の舌が掬い、余さず啜っていく。
「目を開けて……僕を見て」
 恐る恐る目を開けて、自分の脚の間に顔を埋める麻野と目を合わせる。
 麻野は唇をそこから離すことなく、目だけで微笑んだ。
「いい子だね、佐奈は。いつも僕の言うことをよく聞いてくれる」
 その言葉の間にも、透明な蜜が佐奈の肌を伝ってシーツに落ちた。
「好きだよ、佐奈」
「あ…はあぁっ……!」
 何か返事をするより先に、また佐奈の中に麻野の指が埋め込まれる。
 それに加えて、敏感になった小さな突起を口に含んで舌先で転がされ、その刺激は頭の中まで痺れさせていく。
「ちゃんと見ていないとだめだよ。……どんなふうに愛されているのか、見ているんだ」
「…あ……でも…っああっ!」
 挿入された指が二本になり、先ほどよりも激しく出入りする。
 指が動くたびに水が跳ねるような音が寝室に響いた。
「やぁ……あ…っ……」
 見ていたくないはずなのに、自分の脚の間でこちらをじっと見つめる麻野の瞳から目が離せない。
 そこに与えられている刺激は佐奈の体の自由を奪い、脳内まで犯していくように感じられた。
「あ…っ……」
 また頭の中に真っ白な霞が広がり出す。
 佐奈の体の微妙な変化を麻野は見逃さなかった。
 胎内の指をより深くねじ込んでいく。
「また、いきそうだね? いって……もっと、溺れて」
「ああ…っ……ああぁ…っ……!」
 大きな波に呑まれ、溺れていく。
 頭の中で何度も白い火花が散っては消えていくのを感じながら、佐奈の意識も遠のいていった。




 気がついたとき、佐奈はベッドにひとりだった。
 窓に雨粒が当たる音が微かに耳に入る。
 重い瞼を持ち上げ、見慣れない天井を見上げる。
 先ほどまでの時間は夢だったのではないかとも考えた。
 ふと、今と同じような経験をした記憶があることを思い出す。

 ……あれは…いつだったっけ……。

 ぼんやりとした頭の中に浮かぶのは、照りつける夏の日差し。
 何かを探していた。それは覚えている。

 ……わたしは何をしてたんだろう……。

 天井を見上げたまま、そのときのことを思い浮かべる。

 ……そうだ、クローバーを探してて…でも…どうして寝てたんだろう……。

 あの日、気がついたときには部屋のベッドに寝ていた。
 そしてその手には、四葉のクローバーが納まっていた。
 暑い夏の日差しの中で、帽子も被らずに四葉のクローバーを探していたことを思い出す。

 ……クローバーを見つけて…熱中症か何かで倒れたのかな……。

 目を閉じて、さくら園の庭の隅にあったクローバーの茂みを思い浮かべたとき、
「目、覚めた?」
 と、麻野の声で現実に引き戻された。
「あ…わたし……」
 起き上がりかけて、自分が一糸まとわぬ姿であることに気がつき、慌てて体に掛けられていた布団で胸元をおさえた。
「紅茶、入れてきたんだ。さっきほとんど飲まなかったからね」
 そう言ってマグカップを差し出す。
 そのカップを両手を伸ばして受け取った。
「ありがとうございます……」
 麻野は佐奈のすぐ横に腰を下ろして、佐奈の髪を撫でた。
 両手で包み込むようにして持ったカップを口に運び、少しずつ喉に流し込む。
「昼、ピザ取ったから。適当に頼んだんだけど」
「あ、はい…大丈夫です……」
 まだぼんやりとしたままの佐奈を見て、麻野はくすくすと笑う。
「そんなに気持ちよかった?」
 その言葉に反射的に頬が上気していく。
「や…っ……」
 しかし、強く否定することはできなかった。
 最初に絶頂を迎えた時には、自分の体がどうなったのかわからずに戸惑いの方が大きかったが、二度目のときには麻野が自分の身体に施す行為を見つめながら上りつめていった。
 自分の中の何かがそれを求めていた。
 真っ赤な顔で俯く佐奈の鎖骨の間にきらめくクローバーに麻野が指先で触れる。
「裸にペンダントだけっていうのも、なかなかそそるね」
「や、やだ……先生……」
 面白そうにくすくすと笑い、立ち上がる麻野を、恨めしそうな顔で見上げた。
「そろそろ立てる? もうすぐピザが届くと思うからリビングにおいで」
 と、ワードローブを開く。
「とりあえずこれでも着てて」
 そう言って佐奈の目の前にTシャツとスウェットのハーフパンツを放った。
「あの…でも……」
 自分の服を着るから、と言いかけた佐奈を制するように続ける。
「また脱ぐなら、簡単なほうがいいでしょ」
 その言葉に佐奈の心臓がどくんと跳ね上がる。
 麻野は眼鏡の奥の瞳を細めて微笑んでから、先にリビングに戻っていった。

 おぼつかない足元でよろよろとベッドから降りた。
 脱ぎ散らかしたままの自分の服の中からショーツとブラを取って身につける。
 自分の服に手を伸ばしかけたが、少し迷ってから麻野が出したTシャツを手に取った。
 ベッドの縁に座ってTシャツを着る。
「……おおきい……」
 細身ではあるが長身の麻野の服は、やや小柄な佐奈の体にはあまりに大きすぎた。
 半袖のTシャツの袖は肘まで届くし、ハーフパンツは押さえていないとずり落ちそうになる。
 ウエスト部分を引き上げながら、重い腰を上げ、リビングに向かった。


 リビングに戻ってきた佐奈を一目見て、麻野が笑う。
「やっぱりぶかぶかだね」
「だって……先生と身長、だいぶ違いますから……」
 ふたりが並ぶと、佐奈は麻野の肩よりも低かった。
「でもかわいいよ。男ってけっこうそういうのが好きなんだよ」
 くすくすと笑いながら、佐奈を引き寄せて額に軽くキスを落としたとき、インターホンのチャイムが鳴った。
「ああ、来たかな。ちょっと待ってて」
 インターホンに出て、オートロックを解除するボタンを押す。
「おなか空いた?」
「え、えと……少し……」
 言われてみれば、少し空腹を感じてきた。
「どんなのが好きかわからなかったから、オーソドックスなものにしちゃったけど」
「あ、大丈夫です。好き嫌いはないですし……」
 そのときまた、チャイムが鳴る。
 麻野は佐奈の頭を軽く撫でてから、玄関に向かった。

 ……食べたあと、また……するのかな……。

 ひとりでリビングのソファに座ってぼんやりと寝室での行為を思い出していた。
 玄関からは会計をしているらしい声が聞こえてくる。

 ……わたし……思ってたより、嫌じゃなかった……ううん……もっと……してほしいってどこかで思ってた……。

 麻野のキスも愛撫も、声さえも、佐奈を快楽に導いていく。
 きっともう戻れない。
 自分が麻野といることで、どうなっていくのかわからなかったけれど、それだけは確信できた。

「佐奈」
「あ……はい」
 平べったい二つの箱を手にしてリビングに戻ってきた麻野が、佐奈に声をかけた。
「まだ、ぼーっとしてる?」
 やはりくすくすと笑いながら、その箱をテーブルに広げる。
「あ……すみません……」
「いや、いいんだよ。そうなったのも僕がしたことなんだしね」
「え、あ……はあ……」
 なんと返事をしていいかわからず、曖昧な返事をする佐奈を見て、面白そうに笑う。
「食べようか」
「あ、はい。いただきます」
 ピザを一切れ取って口に運ぶ。
 佐奈の様子を見てから、麻野もピザを口にした。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「もう終わり?」
「え、でもけっこう食べたつもりですけど……」
「佐奈って少食なほうかな」
 首を傾げる麻野に、佐奈は苦笑した。
「……先生に比べたらほとんどの女の子は少食だと思います……」
 佐奈の言葉に噴きだすようにして笑った。
「それはそうかもね」
 と、残ったピザに手を伸ばす。
「子どもの頃の反動かなあ。一時、全然食べられなかったこともあったから」
「え……」
「一緒に暮らしてた子でも、いたと思うけど。……まあ、そういうことだよ」
 親から食事を与えられずに衰弱した状態で、児童相談所に保護される子どもたちも多いと聞いた。
「……わたしは……母がいただけ、みんなより辛いことって少なかったんだと思うんです」
「でも佐奈は佐奈で、いろいろと辛いこともあっただろう?」
 母と二人、さくら園で暮らしたのはほんの一年ほどだった。
 それでも、両親ともに育児を放棄したり、虐待を受けてきた子どもたちに比べたら、自分はまだ辛いなどと言ってはいけないとずっと思ってきた。
「いえ……わたしは、全然、平気です」
 自分に言い聞かすように首を横に振る。
「……佐奈」
 その頬に手を添えて、佐奈の顔を上げた。
 佐奈の目の前に、透明なレンズに縁取られた麻野の黒い瞳があった。
 真っ直ぐに自分を見つめる瞳から目を離すことができない。
「僕の前では、我慢しなくていいんだよ」
「…先生……」
 我慢なんか、と言いかけた唇は、麻野の唇で塞がれた。
 深いキスを受けながら、麻野の傷の深さを想像し、そのことで胸の奥がつんと痛んだ。