Man and Woman

エキセントリック

04.

 

 なんとかテスト週間が終わり、その間も何度か花岡朔と同じ講義室でテストを受けたりしていたけれど、話すことはなかった。
 夏休みに入ると顔を合わすこともない。
 ただ、単位取得者をテストの順位で掲示板に張り出す科目もいくつかあり、その中には必ずと言っていいほど『花岡朔』の名前が一番上に記されていて、美結や和可菜と顔を見合わせた。

 夏休み中のアルバイトは少し早めのシフトにしてもらって、開店の準備も仕事になった。
 開店の一時間前に店に入り、前日の閉店後に食洗器に入れたグラスなどを丁寧に拭いてカウンターに並べる。
 店内の掃除をしてテーブルを拭いているときに、叶野さんが出勤してきた。
「宮澤さん、おはよう」
「おはようございまーす」
「準備早いねー」
 最後にカウンターを拭きあげて、掃除を終わらせる。
「なんか、足りないとこないですか? 大丈夫ですか?」
「うん、丁寧にやってくれてるよね」
 叶野さんは彼が使いやすいようにカウンターの中を準備する。
「今までそんなお掃除きちんとしてないから、よくわからなくて。変なことあったら教えてくださいね」
「うん、大丈夫だよ」
 と、叶野さんはおだやかな笑顔を見せた。
 店長がキッチンから出てきて店の入り口を確認すると、もう何組かのお客さまが待っているようだった。
「準備どう?」
「大丈夫です。開けますか」
「うん、時間もいい頃だし」
 時計を見ると開店時間の五分前だ。
 店長はBGMのためのオーディオの電源を入れ、私と同じフロア担当の先輩である高橋さんがレジの点検をした。
「じゃ、お店開けまーす。みなさんよろしくお願いします!」
 店長の声が店内全体に響き、
「はい! よろしくお願いします!」
 と従業員みんなが返事をするのは、この店のオープン時間の決まりごとだ。
 そして店長が出入り口の鍵を開けて、お客さまをお迎えする。
「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」
 次々と入ってくるお客さまを席に案内してオーダーを聞き、キッチンやカウンターの叶野さんに伝え、それを運ぶ、いつもの仕事が始まった。

 退勤時間は二十二時だ。
 ちょっと疲れを感じて時計を見ると、あと二十分ほどだった。
「宮澤さん、疲れてきた?」
 ちょうどその様子を叶野さんに見られていたようで、彼が少し笑う。
「あ、いや、……まあ、少し」
 私はちょっと肩をすくめる。
「今日は俺も早番なんだよね」
 と、小声になる。
 もう叶野さんと交代するバーテンダーの社員さんは出勤してきていた。
「……そうですか」
 と返事をして、私がほんの少し笑顔を作って見せると、彼は満足そうな表情を浮かべた。

 いつものように裏口の扉の側で待つ。
 今夜は蒸し暑い夜だ。
 黙って立っているだけでも汗が出てくる。
 思っていたよりも長い時間を待たされてから、ようやく叶野さんが扉から出てきた。
「ごめん、なかなか抜けられなくて」
「今日はいっぱいでしたもんね」
「行こうか」
 と、私の手を取って指を絡めた。

 手を引かれて入ったのは、花岡朔を見かけたラブホテルだった。
 このホテルには数回来たことがある。
 職場から遠すぎず近くなく、入り口が小路にあるから人目につきにくい。
「よかった、あいてる」
 フロントには誰もいない。
 ルームキーが二本残っていて、部屋の写真のパネルがふたつ点灯していた。
「どっちでもいい?」
 どちらも似たような内装だ。
 そもそもセックスするだけの部屋にデザインなんて関係あるだろうか。
「うん、どっちでも」
 叶野さんがさっと鍵を抜くと、パネルの明かりがひとつ消える。
 エレベーターに向かうとき、通りすがりにフロントの呼び出しベルを鳴らしてみた。
「ちょ、つむぎ」
 彼が慌てた様子で私を窘める。
「誰かいるのかなって思って」
 そのままエレベーターに乗り込みフロントの方を見ると、扉が閉まりきる寸前になって、面倒そうな顔をして花岡朔がフロント奥のドアを開けて出てくるのが見えた。
「誰か来た?」
 叶野さんには見えてなかったようだ。
「ううん、誰も」
 と首を振って応えて、背伸びして唇を重ねた。
 すぐに舌が絡まってきて、彼の手が服の上をまさぐった。
「エレベーターって防犯カメラとかついてるんじゃない?」
 唇を離して箱の中を見回してみる。
「つむぎからキスしてきたんだろ?」
 彼は唇を少し舐めてから指で拭くような仕草をした。
 エレベーターが止まって扉が開く。
 廊下の左側にあるドアの灯りがついていた。
「行こう」
 彼は私の手を引いて部屋のドアを開ける。
 そのドアが閉まりきる前に抱き寄せられてむさぼるようなキスをされた。
「あん……」
 手はカットソーの中に入って胸を揉みしだき、背中に回ってブラのホックを外した。
 ガチャッと音を立てて鍵がかかり、すぐ横で部屋の精算機の音声案内が流れている。
「お金、入れないと」
 私が少し顔をずらして言うと、頬に彼の唇と舌が触れて唾液で濡れる。
「うん、今やる」
 私を抱きすくめたままボディバッグから財布を取り出そうとするけど、片手しか使えないでいるから少しもたつく。
 精算機からは催促の音声が流れた。
「大丈夫?」
「うん」
 仕方なさそうに私から手を離して料金を支払い、それからまた私を引き寄せる。
「すっげーやりたくてさ」
 私のカットソーをまくり上げてブラをずらして胸をあらわにし、そこにしゃぶりつく。
 スカートをたくし上げてお尻をつかむようにして揉んだ。
「あ、……」
 そのままベッドへ移動して、押し倒される。
 胸にしゃぶりつきながらショーツの中に指をねじ込み、割れ目をなぞったそのときだけ、柔らかな動きに変わる。
「あん、あっ……」
 指先でじっくりとそこをなぞり、撫でまわす。
「気持ちいい?」
「うん」
 一度その指を彼が自分で舐めて濡らしてから、ショーツの中、奥に挿入する。
「あぁ…っ……」
 激しくかき回されて、もう少しで絶頂を迎えそうなところで止められる。
「は……」
「ね、俺のも気持ちよくしてよ」
 カチャカチャとベルトを外して、ジーンズの中では窮屈そうになった彼自身をあらわにした。
「あー、うん」
 私は彼のそこを握って、上下にしごく。
 それだけで一層硬さが増す。
「ああ、めっちゃ気持ちいい。ねぇ、舐めて」
 ジーンズとトランクスを下ろして枕に頭を乗せて横たわる。
 私はまだ服を着たまま、そこに唇を寄せた。
「ぅん……」
 口に含んで頭を上下に動かす。
 舌で転がしたり強く吸ったりすると、
「あー気持ちいい」
 と彼は嬉しそうな声を上げる。
 そのとき、不思議と彼の熱と反比例するように私の身体が冷たくなっていく感じがした。
 私は訳もなく笑いが込み上げる。
「ふふ」
「つむぎ?」
「なんか……バカみたいだなって」
 口を離して指で拭う。
「えっ、えっ?」
 叶野さんは目をパチパチとさせて私を見る。
 それは『鳩が豆鉄砲喰らった顔』というのにぴったりな表情だ。
「だって叶野さん、セックスしたいだけなんだもん」
「は?」
「わたしが、とかよりも。女子大生とセックスするのがよかったんでしょ?」
「えっ、いや、えぇ」
 私の言葉の意味がわからないというように頭を掻く。
 露出した下半身はさっきまでの熱がみるみる下がっていくようだった。
「もうおしまい。別れよ」
 外されたブラを直してカットソーを下ろす。
 自分のその指が冷たかった。
「ちょ、待てよ、マジで言ってんの? バイトどうすんだよ」
「バイトは行くよ」
「本気かよ、そんな、そんなこと」
「誰かに言うの? 宮澤つむぎとセックスしてましたって? バカじゃん」
 思いつく言葉を並べてまくし立てた。
 叶野さんはぽかんと口を開けて聞いているだけみたいだった。
「はぁ?」
「そんなの、叶野さんの立場なくなるだけだよ? 既婚なのに新人バイトに手出したとか、なんて思われるかわかんない?」
 なんなら奥さんがいる自宅の電話番号も知ってるけど、と言いかけてやめた。
 やや落とし気味の照明の中でもわかるくらいに彼の顔色が青ざめていた。
「う……」
「叶野さんが黙っていれば、わたしも黙っててあげる。……じゃあね」
 精算機の退室ボタンを押すと、かちゃんと金属音を立ててドアの鍵が開いた。
「叶野さんも早く出た方がいいよ」
 と言って後ろは振り返らずに部屋を出た。
 エレベーターに乗り込みすぐに扉を閉めるボタンを押す。
 壁にもたれて一階に着くのを待った。