Man and Woman

Whatever happens

 くされ縁が恋愛に発展していいんでしょうか。



 うちの高校は、進学の関係で毎年クラス替えがある。
 小学校では二年おき、中学では二年のときに、クラス替えがあった。
 今年あたしたちは、高校三年になった。
「健ちゃん、今年は?」
「ゆりなは?」
「え、五組」
「……またか……」
「うっそ! マジでっ!? 健ちゃんも五組!?」
「これで何年一緒だっけ?」
「小三からだから、…十年目……?」
 指を折って数えたら、しっかり往復してしまった。
 それを見てた周りの男子が健ちゃんを冷やかす。
「お前ら、コレを機につきあっちゃえよ」
「ちょうどイイよなー」
 なによそれー!? そんな適当なっ。
「あー、じゃあそうするかな」


 ……は?




 健ちゃんとは、小学校の三年のときからずっとクラスが一緒で、一緒にサッカー少年団に入ってて、健ちゃんは中学でも高校でもサッカーをやってて。
 あたしは、あたしもサッカーが大好きだったから、今はマネージャーをしている。
 なんだかずっと一緒にいたけど、つきあうとかそういう事、考えたこともなかった。
 健ちゃんは、……いかにもスポーツ少年って感じで、ちょっとサワヤカくんな感じもなくはないかな。
 あんまり強くはないチームではあるけど、去年からはサッカー部の部長で、けっこうがんばってる。
 そういうのを知ってる女子は、かっこいいよねーって言う人もいた。


「ねー、さっきの本気? 冗談なんだよねえ?」
「え、けっこう本気だったんだけど」
「……ていうか、あたし、あんまりそんなつもり……」
「えー、ナイの?」
 なんだかのん気な返事が返ってきて、ホントに健ちゃん、何を考えてるんだか……。
「えーって…健ちゃん……あるのー?」
「わりと」
 ビミョウなお返事ですね……。
「まあ、これも何かの縁ってコトで、つきあってみるのも悪くないじゃん」
 なんて、十時のおやつのサンドイッチをパクつきながら、のほほんと答えた。



「あたしの気持ちとかはどーすんのよっ」
 あれから三日。
 健ちゃんは全然今までと変わらない、のほほんとしたことしか言わなくて、……あたしのこと好きだとか実は昔から好きだったんだとか、そういうドラマみたいなこともなくって、とりあえず朝と帰りに一緒にいることになったくらいで。
 ……家も近いから、今までも一緒だったこと、よくあったから、なんとも……変化全くなし。
  今までコレといってピンときた男子もいなかったこともあって、……ちょっと好きかなーっと思うことはあったけど……、男子とつきあったこともないし。
 どういうのが『つきあう』ことなのかもよくわからなかった。
 そんなだったから、お昼休みとかには彼氏のいる友達に話を聞き出す日々が続いた。
「そりゃあ、つきあってもいいかもって言い出したくらいだから、ゆりなのことはキライじゃないのよ」
 って、真沙美が言う。
「ゆりなだって、絶対ヤダって思わなかったってことは、イヤじゃないんでしょ」
「イヤじゃないってくらいでいいのー?」
「最初はそんなもんでもいいんじゃない?」
「そんなもん?」
「まあ、フツーはどっちかが好きだーって言ってつきあう気もするけど」
「う……、やっぱり……」
「まあ、いいじゃん。なんとなくでもあんたたち、ずっと一緒にいただけあってお似合いよ」
「え…うれしいんだかうれしくないんだか、よくわかんない……」
「もう少しつきあってみればイイんじゃない?」
「うーん……うん……」


 健ちゃんとつきあうってことには、イヤな気はしなかった。
 なんでかはよくわかんないけど、イヤじゃない。
 でも、それって好きってこととも違う気がする。
 好きって、どんな感じだろう。
 ……あたしって、鈍くさいのかも……。
 なんだかよくわかってない。


 1週間くらい、なにごともなく……手をつないだりもなく、過ぎていったけど。
 地下鉄の駅から家までの帰り道、ふたりで歩いて帰った。
 今までだって一緒の部活だったから、帰りに一緒になる事も多くて、そんなときと変わらないって思ってたんだけど。
「じゃあ、また明日ねー」
「うん、……ちょっと、もうちょっと一緒にいてもいい?」
 と、健ちゃんは少し照れくさそうな、困ったような表情を浮かべた。
「あ? あー、うん、まあ、いいけど」
「ゆりなはさ、オレとつきあうのって、断らなかったってことは、イヤじゃなかったってわけ?」
「あー、うーん……よくわかんないんだけど、断るほどでもないのかなあってくらい?」
「イイカゲンだなー」
 って、げらげら笑う。
「でもだってさあ、健ちゃんはどうなのよ? 適当でしょうがっ」
「へえ」
 健ちゃんは意外だと言わんばかりの顔で、
「そんな適当な気持ちでつきあうなんて言わねーよ」
「……え?」
 一瞬、何を言われてるのかわかんなかった。
「ゆりな、ホント鈍くさいよな」
 し、失礼なっ。健ちゃんはきょろっと周りをちょっと見回してから、……健ちゃんの顔があたしにどんどん近づいてきた。
「け、健ちゃん?」
 一瞬だけだったけど、健ちゃんの唇があたしの唇に当たった。
「これでも、わかんない?」
「……え、えと、あ、……え?」
「何言ってるんだかわかんねーよ」
 わかんないのはこっちだってば。
 あたしは口をぱくぱくさせるだけで、言葉が出てこなかった。
「だからさ、」
 健ちゃんは苦笑いしてあたしに言い聞かせるように言葉を続けた。
「オレはホントはずっと前からゆりなのコト、好きだったんだってば」
 うそ? ホント??
「つきあうって言った時点でわかってよ」
 と、あたしのほっぺたをぺちぺちと触る。
「え……でも、ほら、全然、そんなの、見せなかったじゃん」
 つきあうことになってからだって、全然そんなこと言わなかったくせに。
「そうかー? クラス替えのときとか、真っ先にゆりなに聞いてたんだけどな、オレ」
 そう言われたら、そうだったかもしれない。
「部活だって、ホントは高校では部活入らないで、クラブチームに入ろうかと思ってたけど、……実際誘われてたし。でもゆりながマネージャーやるって言うから部活にしちゃったし」
 えええ。
「そ、そんな、責任重大じゃんか、あたし」
「そうだよ。だからちゃんとオレとつきあうように」
 なんだそれ? なんかそれ、わかんないけど。でもつい、
「はあ……」
 なんて返事しちゃって、いいのか?あたし。
「よし。じゃあな、また明日」
「あ? あ、うん、また明日」
 って、もう一回、……キスされた。
 あーもー、家の近所なのにっ。
 ……でも、別にイヤじゃなかった。
 ていうか、むしろうれしいくらいで、ひとりでにたにたしちゃって。
 その日は寝るまでずっと、ときどき思い出しては顔を赤くしたりにやにやしたりしちゃって、あやしいことこの上ない女だったと思う。


 それからは毎日、帰り際にほんのちょっと、キスをするのが習慣になっていった。
 ほんのちょっと、唇が当たるくらいのキスだったけど、やっぱり他の人とはしたことないから毎回ドキドキして、毎日なんだか浮ついてた。
 そんな毎日の間に最後の高体連があったりして、おかげで中間テストなんか勉強に身が入らなくてぼろぼろの結果に終わって。
 追試とか補習とか受けてる間に、期末テストが近づいてきた。


「今度は中間よりマシな成績じゃないとヤバいわ」
「せめてオレと同じくらいの成績を維持してくれよ」
 ……ちぇっ。
 健ちゃんはわりと成績がいいほうだ。
 いいほうと言っても、真ん中よりちょっと上ってくらいだけど、けっこう十分だと思う。
 あたしはそれに比べたら波がありすぎって感じで、中の上になることもあれば、下から数えたほうが早いくらいになることもあって。
 日曜日には健ちゃんちで一緒に勉強することにした。
「部活も終わったことだし、これから少し時間の余裕も出るから、今までよりはよくなるとは思うけど」
「でもさあ、健ちゃんもちゃんと勉強してたら、いつまでたっても追いつかない気がする……」
「追いつけ。同じ大学に行くのだ」
 ひー。……ところで。ちょっと今日、気になったんだけど。
「そういえば、おばさんとおじさんは?」
「父さんはゴルフ、母さんは友達とランチに出かけるって言って出かけちゃったよ」
 ……やっぱり、ふたりきりですか。
 気にしだしたらなんだかそわそわしてくる。
 なんでそわそわするのかもよくわかんないけど、なんとなく。
「……ゆりな?」
「ええっ?」
「なんか、顔赤いけど」
「な、なんでもないよっ」
 なんて言いながら、声は上ずってるし。
「それなら別にいいけど?」
 健ちゃんは手を休めて頬杖をついて、あたしのことを見てる。
「……ねえ、ゆりなはさあ、」
「ハイ?」
「オレのこと、どう思ってるわけ?」
 どうって、どうって……。えーと。
「な、なに急に」
「いや、聞いてなかったなあって思ってさあ」
 そういえば、言ってない。
 ていうか、どうなんだろ、あたし?
 好きとか、そうでもないとか?
 そうでもないってことはないだろうけど、なんだろう……。
「うーんと……なんか、なんだろ」
「なんだろってなんだよ?」
 健ちゃんがテーブル越しにあたしのほうに顔を近づけて、キス。
 いつもと同じ、ちょっと触れるだけのキス。
「こういうのは、イヤじゃないんだろ?」
「…うん、……やじゃない……」
「でも、オレのこと、好きとかいうのはないわけ?」
「ないわけでもない…と思う……」
 今までもずっと一緒にいたし、そのへんは何も変わらないわけで。
 だからなんだか幼なじみとしての健ちゃんしか考えられないのかもしれない。
 でも、ただの幼なじみはキスなんかはしないわけで。
 考えてる間に、健ちゃんは立ち上がってあたしの側に来た。
「オレだって男だからさ、好きな女とふたりきりだと、イロイロと考えることもあるんだけど、その辺はどうなのよ?」
 あああー。そういうのか。そういうこと? えーっと、キスより先の話ってこと?
「どうなのよってどうなんだ?」
「オレが聞いてるんだよ」
 健ちゃんはあきれたようにくすくす笑って、またあたしにキスをした。
「…んっ……」
 今度は、今までしたことないこと。
 健ちゃんの舌があたしの口の中に入ってきて、あたしの歯や舌を舐めるように動かす。
 顔を離そうにも、肩をしっかりつかまれてて、あたしは動くこともできなかった。

「……健ちゃん……」
 今までよりずーっと長いキスをして、唇を離した。
「……こういうのも、イヤじゃない?」
 イヤではない。けど。
「……やじゃない…けど…よくわかんない……」
 だって、やっぱりあたし、今まで健ちゃんのこと、男の子として意識したことってあまりなかったし。
 ずーっと仲良しの友達みたいな感じだったから、急に彼氏として見ることなんか…できないってわけじゃないけど、なんか変な感じがするの。
「……オレらさあ、」
 健ちゃんがふう、っとため息をついてから話し出した。
「つきあってから、もう一ヶ月以上過ぎてるんだけど」
「……うん」
「キスしかしてないって、珍しいほうだと思うんだけど」
 ……そ、そうなのか。
「そりゃあ、無理にってことは考えてないし、そんなことしないけど」
「……うん」
「もうちょっと、オレのこと意識してほしいなあっと思ったりするんだけど」
 健ちゃんの言いたいことは、わかる気がする。
 なんかあたし、今までと変わんないし、健ちゃんのことも、今までとあまり変わんないふうにしか考えてなかったし。
 でもやっぱり、彼氏と友達とは違うんだし。
 友達のままだったら、こんなふうにキスとかしないんだよね。
 そう考えたらドキドキしてきたりはするんだけど、なんかちょっと普通の彼氏とは違うのかもしれない。
 ていうか、普通の彼氏ってなんだ?
 もうなんだかよくわかんなくなってきて、あたしの頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 勉強どころじゃないよー。
「……ゆりな?」
 じわっと涙腺がゆるんだ。
「おい…泣くなよ」
「な、泣いてない…っ……」
「泣いてるじゃんか」
「これは、ただの水っ……」
「オレ、なんかイヤなこと言った? それだったら謝るよ」
 健ちゃんが心配そうな顔をするから、余計に涙が出てくる。
「やなことなんか言ってない…けど……」
「けど?」
「…なんかわかんない……」
「……オレ、どーしたらいい?」
「……どーもしなくていい……」
 それでも、ぽろぽろと出てくるものは全然止まりそうもなくて。
「…ごめん、あたし、帰る」
 こんな顔、見られたくないし。
 自分でもワケわかんない。
 立ち上がって、自分の荷物をかばんの中に突っ込んでいく。
「…わかった。……ごめん」
「健ちゃんが謝ることないじゃん……」
 あたしはうつむいたまま、健ちゃんの顔は見れなかった。
「……明日、また朝迎えに行くから」
 健ちゃんはそう言って、玄関まで送ってくれた。
「……うん」
 明日、ちゃんと健ちゃんの顔、見れるだろうか。
 普通に笑っておはようって言えるんだろうか。
 ていうか、健ちゃんはそうしてくれるんだろうか。
 いやなことなんかなんにもないけど、わからないことばっかり。
 自分がどうしたいのかだってわかんなくて、でも自分のことなんだから、自分で考えなくちゃならなくて。
 帰り道でも、家に帰ってからもずーっと同じことをぐるぐると考えていた。


「おう、おはよう」
 次の日の朝。玄関を開けたら健ちゃんの笑顔があった。
「……おはよう」
 あたしはやっぱりちょっとぎこちない顔をしちゃってたけど、それでも健ちゃんはいつもと同じにしててくれた。
 きっとそうやってしてくれるだろうってちょっと思ってたけど、やっぱりそうだったから、なんとなく安心した。
「…昨日、ごめんね。急に帰っちゃって……」
「いや、いいよ。気にすんな」
 ぽん、とあたしの頭を軽くたたく。
 そういえば、小学生の頃はふたりとも同じくらいの身長だったのに、いつからか健ちゃんはあたしよりずーっと大きくなっていて、今なんか20センチくらいの差がある。
 そういうのに気がついたとき、やっぱり健ちゃんは男の子なんだなーって実感する。
「オレさあ、」
 健ちゃんがいつもののんびりとした口調で話し始めた。
「やっぱり小学生の頃はさ、一緒にサッカーやったりしてたから、ゆりなのこと女だとあまり思ったことなかったんだけどさ」
 そう、そのときは男子も女子も一緒くたにサッカーをやって、家もすぐ近所だったせいもあって、いつも健ちゃんと遊んでた。
 他の女子の友達よりもずっと仲が良かった。
「中学からは、女子はサッカー部に入れなかっただろ? そのへんから、ゆりなってやっぱり女だったんだよなあって思いはじめたんだ」
「やっぱりってなによ……」
「でもさあ、ずっといつも一緒にいても、疲れたりしないんだよな、ゆりなって」
「まあ、今までずっと一緒だったからねえ。気を使うこともないし」
「そういう相手って、なかなかいないもんじゃない?」
 そう言われれば、そうなんだよね。
 健ちゃんと一緒にいるときに、会話が途切れたからって気まずいこともないし、逆にしゃべらなくてもなんとなく何を考えてるのかわかるってことも多い。
 そんな男の子、きっとほかにいないと思う。
「……いないね」
「だからさあ。……まあ、最初からそんな老夫婦みたいなのもなんだけど」
 健ちゃんは、そうだよなーなんか落ち着きすぎだよなーとかひとり言みたいにつぶやいてる。
 そう、なんか落ち着きすぎてて、イマイチ実感わかなかったのはある。
 でもね。
「……でも、いつも一緒にいるんだったら、やっぱり健ちゃんがいい…かな」
「……かなって……ビミョウな表現だな……」
 そうだけど、そうかもしれないけど。
 でもきっと、健ちゃんと一緒だったら、なにがあってもなんともないような気がするの。
 だって今までそうしてきたんだもん。
「ごめん、あたし……やっぱり健ちゃんのこと、好きだ。うん」
「ごめんって使い方、間違ってない?」
 健ちゃんはくすくす笑うけど、だって昨日とかワケわかんないことしちゃったからそのつもりで言ったのに……。
 でも、健ちゃんの顔を見たら、そんなことだってちゃんとわかってそうな顔で笑ってた。
 まだなんだかちょっとだけ、慣れないこともあるけど。
「まあいいじゃん」
 今日は、あたしから手をつないでみた。
 健ちゃんがぎゅっと握り返してくる。

 また少し、健ちゃんのことを好きになったような気がした。




END

2003/07/03