Man and Woman

OOPS!

01. ハジメマシテ。

「一真。仕事行くぞ。」
 と、父……いや、仕事のときは先生と呼べって言われてるんだった。先生が僕に声をかけた。
「はい。……今日は、どんな?」
「今日はまあ、十中八九アレだな。話を聞いた分にはなかなか手強そうだ」
「……はあ」
「ちゃんと準備してくれよ」
 父は足首まである長い上着を羽織りながら言った。


 僕の仕事は、表向きは心理カウンセラーだ。
 実家が代々心療内科をやっていて、僕も将来的にはその診療所を継ぐことになっている。
 しかし、それはあくまでも表向きの仕事だ。
 本当の仕事は「悪魔祓い」……いわゆるエクソシストってやつだ。


 曽祖父がイギリスから日本に移住してきたことから、この商売をはじめたらしい。
 ……商売と言うのは微妙だけれど、実際に悪魔だった場合は普通のカウンセリングよりもずっと高い収入を得られる。
 エクソシストのイメージとしてはあのホラー映画だろうが、あそこまで大事になることは少ないし、一般人の目には悪魔はめったに見えないので、どちらかというと最近テレビでよく見る『陰陽師』のような感じだろう。


 今日の患者は15歳の少年。
 二週間ほど前から突然引きこもりになり、部屋から一歩も出てこないという。
 食事も取っていないのに、時々もともとの声とは違ううめき声などが部屋から聞こえてくるらしい。
 少年の家に赴き、家族との相談の後、少年の部屋に向かう。
「……静かだな」
「ですね」
 ドアの前で部屋の様子を伺う。
 家族の話に聞いたような声や物音は一切聞こえなかった。
 しかし、強い気を感じることは確かだ。
 確実に、何か人間ではないものがいる。
「入るぞ」
「はい」
 父がドアを開けると、ベッドの中に人がいるのが見えた。


 ……少年だけではない。
 こちら側に見えるのは、長い銀髪の少女。
「……高等魔だ」
 先生がつぶやいた。
 僕は高等魔を見たのは初めてだった。
 悪魔にも様々な階級があって、下等なものだと、実体を持たないものだったり訳のわからない獣のような形だったりするのだが、この悪魔は人間に近い姿をしている。
 しかも、女の子だ。
 17、8くらいの女の子に見える。
 腰近くまであるだろう長い銀髪に、白い肌。
 それは、自ずから輝きを放っているかのように感じるほど、美しく見えた。
 耳は少し尖がった形をしている。
 父が近づくと、ゆっくりと目を開けた。
 ガーネットのような深紅の瞳が印象的だった。
「あら……こんにちは」
 先生に向かってにっこりと微笑む。
 こちらのことなどこれっぽっちも恐れていないような態度だ。
「やあ。……悪いけど、その子から離れてあげてくれないかな。すっかり衰弱して命が危ないんだ。」
 少女の向こう側に横たわる少年は、痛々しいほど痩せ細っていた。
「そうねえ。でも、あたしを呼んだのはこの子なのよ?」
 髪をかき上げながら起き上がる。
 彼女の一糸まとわぬ姿に、僕は目のやり場に困った。
「そうだったんだ。……何か、契約をしたのかい?」
 先生は少女の機嫌を損なわないように、穏やかに話しかける。
 高等魔の場合は話し合いで決着することも多く、下等魔を祓うより楽なこともあるが、機嫌を損ねてしまった場合は被害者ばかりでなく、僕らまで命の危険にさらされることもある。
「うん。最初はなんにも考えてなかったらしいんだけど、結局はセックスするだけでよかったみたいなのよね。ドーテーくん、もらっちゃったわ。」
 かわいい顔してるくせに、すごいことを平気な顔で言うんだな。
「じゃあ、契約は終了したことになるんじゃないのかい?」
「まあね。……でもただ帰るのもつまんないわ」
 そう言って細い肩をすくめた。
「まあそう言わずに」
「あ、ねえ。そこの男の子。彼、好みだわ。彼の側にいていいなら、この子から離れてあげる」
 彼女は僕の方を見てニコニコと笑っている。
 ……男の子って僕のことですか?
 もう25なんだから男の子っていう年でもないんだけど。
「彼もエクソシストだけど」
 父は少し困ったように僕の方をちらりと見た。
「平気。まだまだたいしたことできないでしょ?」
 ……バカにされてますか?
 いや、ここで悪魔を怒らせると危険だ。とりあえずは大人しく言う通りにさせておくべきだろう。
「……わかった。じゃあ、彼のところに行ってもいいよ」
「わあ、ありがと!」
 返事をしたかと思うと、ベッドから立ち上がって大きく伸びをした。
 同時に、青白い光が薄く見えたかと思うと、彼女の体には服が……と言っても、かなり露出度が高い、下着のようなものだけれど、裸でいられるよりはずっとマシだ。
 背中からは漆黒の羽。耳の上にメリノ種の羊のような角が現れた。
「じゃあ、よろしくね」
 僕に向かってニッコリと微笑む少女。
 ……これが悪魔でなければよかったのに。
 ほんの少し、そんなふうに思った。



「……で、いつまでいるわけ?」
 あれから三日が経ったが、飽きて帰る気配は一向にない。
 仕事場にまでついてきて、邪魔なことこの上ない。
 僕の家族以外には彼女の姿は見えないものだから、傍目には僕がひとりでブツブツ言っているように見えるだろう。
 怪しい人みたいに見えるじゃないか。
 そんな僕のことには一向にお構いなしで、彼女は診察台に横になって爪の手入れをしている。
 ……今日の患者は閑古鳥だ。
「だって、パパさんがココにいていいって言ったもん。飽きるまでいるわよ」
「早く飽きてください」
「いやよー。なんでよ。だってまだなんにもしてないじゃん!」
 代々受け継がれた体質のおかげか、悪魔が側にいても、一般の人のように体力が著しく低下するとか精神に異常をきたすことはなく、普段どおりの生活ができているが、この子の格好がある意味問題だ。
「……お前、もう少し普通の格好にできないのか?」
 まるっきり下着のような服装でうろうろされると、どうにも落ち着かない。
 ……しかもかなりセクシーなデザインになっている。
 一応、僕だって年頃の男だ。
 これで落ち着いていられるヤツのほうが珍しいだろう。
「いいじゃん。かわいいでしょ? こういう格好が好きなのっ」
 ぷっと唇を尖らせて文句を言う。
「……あ、そっか、欲情するんでしょ。だからそういうコト言うんだ?」
 僕の顔をのぞきこむように見ながら、ニヤニヤと笑う。
「えっちしよっか?」
「……お前ばか?」
「バカじゃないよ! ていうか、お前じゃなくってリオ! あたしにはちゃんと『莉音』って名前があるんだから!」
「あーハイハイ。莉音さんさっさと帰ってください。仕事のジャマだから」
「イヤだよーだ。だってパパさんと契約したんだもん」
「契約になってないだろ。ただの口約束」
「あら、悪魔との契約をわかってないわね。エクソシストのくせに」
 ふふん、と笑って僕の机に腰掛ける。
「言葉は口にした時点で言霊になって、悪魔との契約はそれで成立するのよ。あの子から離れる代わりに、キミの側にいていいってコトになったんだから。交換条件成立なの」
 マジですか。
 ………あの親父、絶対わかってて言ったな……。


「自分の大事な跡取り息子を悪魔に売るんですか」
 こうなったら父に直談判だ。
 今回はこの人が一番楽をして儲けたような気がする。
「だって一真は悪魔が憑いてようが何しようが、なんともないだろうが」
 そりゃそうですが。
「あの娘はまだ子どもだし、悪魔と上手に付き合ってこそ、一人前の悪魔祓い師になれるんだぞ」
 何取ってつけたような言い訳してるんだか。
「……久しぶりの悪魔祓いだったからね。収入でかいのはわかってるけどね」
「わかってるならつべこべ言うなよ。いいじゃないか、かわいい娘だし」
 どうしてかわからないけれど、家族の中では妙にウケがいいのだ。
 妹なんかはもうすでに仲良しになってしまっている。
 こんなことよくない。絶対よくない。
 だいたいエクソシストに悪魔が憑いててどうするんだ。
 しかも一応聖職者なのに、あんなのが側でうろうろしてるだなんて許されることじゃないような気がする。
「……やれやれだ」
 僕は大げさなくらいのため息をついた。


 ……神様、これは僕に与えられた試練なのでしょうか?