Man and Woman

OOPS!

02. コイノヨカン。

 悪魔は気まぐれ。
 正規の手続きを踏んでも、来ないときは来ない。
 でも、紙切れに描かれた小さな魔方陣でも、高等魔が来てしまうこともある。



「……本当に? ノートに描いたものだったのに?」
 先日の少年に憑いた一件について、莉音にいろいろと訊いていたのだが、今まで本で見知っていた以上に、悪魔は気まぐれでいいかげんであることがわかってきた。
「うん。しばらくこっちに来てなかったから、たまに遊びに行こうかなって思って」
 ……頭痛くなってくるな……。
 彼女はけろりとした顔をしているが、なかなか理解しがたいものがある。
「こっちっておもしろいか?」
「うん、人がいっぱいいておもしろいよ」
 ニコニコとして話すところだけ見れば、女子高生くらいと変わらない。
「でもね、あたしくらいの悪魔とつきあってると、普通の人ってあっという間に体力なくなっちゃって、簡単に死んじゃったりするじゃない? つまんないよね」
 僕の机に腰掛けていた彼女は、立ち上がって出入り口そばの鏡の前に立った。
 髪をふたつに分けて耳の後ろで器用に結っている。



 普通の人間は、悪魔が側にいるだけで体力が極端に消耗し、精神に異常をきたすことがほとんどだ。
 病院に行けば『精神の病』とされる状態のものが、実は悪魔に憑かれているということもよくある。
 先日の少年も一命は取り留めたものの、完全に回復するにはまだ時間がかかるようだった。
 今だって、この子が診療所に出入りすることになったせいで、アルバイトに来てもらってた看護師には休んでもらうことにしたくらいだ。
 莉音はあどけない少女のような見た目ではあるけれど、かなり強い『気』を持っている。
 普通の人間だと、同じ部屋にいるだけで体の不調が出てくるに違いない。



「ねっ、この髪型かわいい?」
 髪を結い終わって、くるりとこちらに向かって笑いかける。
 ……つい、かわいいとか思ってしまったことに自己嫌悪してみたりする。
 莉音はよく「かわいい?」と聞いてくる。
 まだ一緒にいるようになって5日だけど、もう何回聞かれたかわからないくらいだ。
「ねえってばー」
「ハイハイハイ。かわいいかわいい」
「すっごい棒読みなんだけど!」
「なんでそんなに何回も同じことを聞くんだよ?」
「だってあたし、一真クンのこと好きなんだもん」
 ……いけしゃあしゃあと、と言う言葉はこういうときに使うんだろうか。
「それはドウモ」
「あっ、信じてないでしょ。ホントだよ」
「別に信じてないわけじゃないけど……」
 嫌いなタイプだったらこんなふうに四六時中くっついている訳ないもんな。
 ある程度は本当の気持ちなんだろう。
「……けど?」
 不審そうな顔をして首を傾げる。
「オレを好きな理由って、お前が側にいてもなんともない体をしているからだろ」
「んー、まあ、それもあるかもね」
 と、ニコニコと返事をする。
 そんな程度なのだ。



 それよりも若干気になることがある。
 どう見ても年下の容姿をしている小娘に、君付けで呼ばれるのはあまりいい気分がしないんだけど。
「なんで『一真クン』なわけ?」
「だって一真クンかわいいから」
 だから年下にかわいいとか言われる筋合いは……。
「……ところでお前、年はいくつ?」
「正確にはよくわからないけど、覚えてるだけで300年とちょっとかな?」
 ……全然年下じゃないじゃん……。
 親父だって莉音のこと子どもだって言ってたのに……。
「見た目のわりに年なんですね……」
「うん? だって、見た目は一番かわいいところで成長止まるように、自分で術をかけたからね。このあたりがあたしの一番かわいい時期なのよ。だって、かわいいでしょ?」
 まあね。かわいいけどね。
 しかし自分で言うなよ。
「悪魔はね、なんでもできるのよ。」
 得意げな顔をして、僕の目の前に立つ。
「そりゃあ、下等なのはたいしたことないけど、あたしはそれなりに力持ってるんだよ」
「そのようだね」
 ふと、僕の首に腕を回してきた。
「何?」
「今日、ふたりっきりなんでしょ?」
 椅子に座っていた僕の膝の上に跨るようにして乗って、にっこりと微笑む。
「ああ、まあね」
 今日からは看護師は休んでもらったし、患者が来たところでこんなのがいたのでは具合は一層悪くなるだけだろうから、休診ということにした。
 父は今日は教会の仕事に行っている。
 莉音は鼻先がくっつきそうな距離まで顔を近づけて、ささやくように言った。
「ねえ、えっちしようよ」
「しません」
 速攻で断る。
「なんでー? したくないの?」
 信じられない、というような表情をして、僕の顔を確認する。
「したくないよ」
 それは、今のところは本音。
「あたしはしたいんだもん」
 と、僕の膝の上に跨った身体をより一層押しつけるように密着してくる。
 そうなると、少しずつ我慢するのに気力が必要になってくるけど。
「ひとりでしてください」
「じゃあ見ててくれる?」
「それもちょっと。一人でして」
「いーやーだー! ひとりエッチなんてあたしは全然つまんないんだもん!」
「じゃあ我慢して」
「我慢なんかしないー。ねーしようよー。もう1週間くらいしてないー」
 唇を尖らせて、頬をふくらませて文句を言うが、こればっかりは無理。
 悪魔とセックスなんて、ありえないから。
「しなくても死なないから」
「……ケチ」
 ケチでけっこう。
「じゃあさ、あたし、一真クンの好みの顔になってあげるから。そしたらいいでしょ?」
「そういう問題じゃないだろ」
 人間顔じゃない。
 そう思うけど、莉音はお構いなしのようだ。
 莉音がうつむくと、キラリと小さな光が見えた。
「ほら、どう?」
 ぱっと顔を上げると、先ほどと何にも変わりがない。
「……何も変わってないけど」
「うそだよー。だってちゃんと術かけたもの。一真クンの心の中にある、好みのタイプの顔が映るようにしたんだよ」
「でも変わってないってば」
 何か失敗でもしたんじゃないのか? と、言おうとしたのだけど、莉音は僕の顔を見てニヤっと笑った。
「……何?」
「一真クン、あたしがちょうど好みのタイプだったのね」
 嘘だ。
 そりゃあ、かわいいとは思うけど、そこまでドンピシャと言うほどでも……あるかな……。
 でも、それはあまり認めたくない。
「ありえないから」
「きっとそうなんだよー。やだなあ、素直に言ってくれればいいのにー」
「違……」
「まあまあ、素直じゃないトコロもかわいいよねー」
 そう言って笑ったかと思うと、莉音はゆっくりと目を閉じて顔を近づけてくる。
 本当にゆっくりだったかどうかはわからないけど、スローモーションで動いているように見えた。
 唇が重なった瞬間。
 そのやわらかい感触。
 ほのかに甘い香りが、鼻先をくすぐる。
 頭の中では心臓の音が鳴り響いていた。
 僕は、莉音が顔を離して微笑むまで動くことができなかった。
 キスなんて、初めてではないのに。
 そんな僕の顔を見て、ふふふ、と笑う。
「一真クン、大好き。」
 ………ヤバイ。
 嫌な予感がした。
 相手が人間だったら、全然嫌じゃないんだけど。
 悪魔の気まぐれだとわかっているのに、……恋の予感。
 ……今回ばかりは悪寒がするな……。


……神様、迷える僕をお助けください………。