Man and Woman

OOPS!

03. ココデキスシテ。

 嫌よ嫌よも好きのうち。
 そんなことを言ったのは誰なんだろう。
 ………
 当てはまりすぎて嫌なんだけど。



「あたし、ベッドで寝たいの。ベッドじゃないと眠れないの」
 なんて言うから、莉音が家に来た日から僕は床に布団を敷いて寝るハメになった。
「一緒に寝てもいいんだよー?」
「断る」
 シングルベッドにふたりで寝るなんて狭くて嫌だ。
 ていうか、それ以前の問題。
 裸で寝るような女とは同衾できません。


 そして莉音の朝は遅い。
「……診療所に行くんだけど」
 裸でタオルケットにくるまっている莉音に声をかける。
 こいつのおかげですっかり女の裸を見慣れてしまった。
 それはいいのか悪いのか。
 純情な僕を返してください。
「ん………もうちょっと寝てる……」
 この少しの間だけは、ひとりになれる時間だ。
 まあ、あっという間に診療所に来るんだけどな。



「お仕事?」
 今日は久しぶりに悪魔祓いの依頼を受けたので、その準備をしていると莉音が声をかけてきた。
「うん、お前は家にいろな」
 足首まであるコートのような黒い上着を着て、十字架を首からかける。
 この上着の上からさらに黒いマントを羽織り、手には白い手袋をはめる。
 これが我が家に伝わる儀式の際の服装だが、夏場はなかなかつらいものがある。
「ううん、ついてく」
「仕事のジャマ」
「大丈夫、おとなしく見てるから」
 こいつにそれができるだろうか、という一抹の不安もなきにしもあらず。
「……それなら、お前のその『気』をどうにか少しでも抑えてくれ」
 こんなのが側に行けば、それだけでかなりの体力が奪われてしまう。
 ただでさえ悪魔に取り憑かれて衰弱しているであろう患者は、死んでしまうかもしれない。
「あー、そっか。今日は一般人に会うんだもんね」
 莉音は楽しそうに笑って、ぱちん、と指を鳴らした。
 青白い光がきらりと輝いたと思ったら、莉音の体はひざくらいまでの丈の黒いマントで包まれていた。
「これで、ある程度抑えられるよ」
「……いつもそれ着ててよ」
「やだよ。じゃまなんだもん。身軽な方がいい」
 頭にふわりとフードをかぶった。
「今日はパパさんも行くの?」
「うん、俺はまだ見習いだから。今のところは基本的に親父がやるんだ」
 鞄に必要なものを詰め込んでいると、父が診察室に入ってきた。
「準備できたか?」
「はい、大丈夫です」
「あれ、莉音ちゃんも行くのかい?」
「うん」
 こくりと頷く仕草は、見た目の年齢よりも幼げに見えた。
「じゃあ手伝ってもらっちゃおうかな」
「いいよ。何くれる?」
 こいつにモノを頼むときはほとんど常に交換条件が必要なのだ。
「じゃあ一真を好きにしていいよ」
 その言葉を聴いた瞬間、莉音はぱっと目を輝かせた。
「やめてください」
 何されるか本当にわからん。
「えー、ダメなの?」
「ダメに決まってるじゃん」
「お前ケチくさいな」
「そういう問題じゃないから」
 息子の貞操の危機ですよ?
 いや、彼女がいるわけでもないから貞操と言うほどのものはないけど、それにしてもこんなのにヤられるなんてイヤだ。
「じゃあ、相手を見てから考えるかな。」
「うん、それがいいね。」
 勝手に決めるな。
 父も妙に莉音には甘いもんだから、僕が一番迷惑を被っている。



 依頼人の家に着いた瞬間、開口一番に
「うわ、臭い」
 と莉音がしかめ面をした。
「さすが、わかってるねえ」
「パパさん、これ下等もいいとこだよ。でも扱いにくいよね」
 そうなのだ。
 莉音みたいな高等魔だと言葉でなんとか説得することができるが、下等魔には言葉は通じない。
 力ずくでやるしかないのだ。

 今日の患者は10歳の女の子だ。
 患者の部屋のドアを開けると、むっとくる臭い。
 下等魔がとり憑いた場合、体臭が異常にきつくなることが多いのだ。
 荒れ果てた部屋の隅に、女の子がうずくまるようにして座っていた。
「えっと、美緒ちゃん……?」
 女の子の名前を呼ぶと顔を上げたが、目の色が違う。
 純粋な日本人のはずなのに、薄いブルーの瞳。
 こちらと目が合った瞬間、ざわっと髪の毛が逆立つ。
「……攻撃的だなー……」
 部屋の中の小物類が次々と空中に浮きあがる。
「一真、早く準備。急いで」
「ハイ」
 ベッドの横に儀式に必要なものを並べようとするが、飛んでくる物を振り払うのに忙しくて思うように作業ができない。
 父が聖水を振りかけるとその時は一瞬収まるのだが、すぐにまたものが飛んできてしまう。
「一真クン、あたしがやろうか?」
 後ろの方で見ていた莉音が僕に向かって声をかけた。
「……何がほしいんだ?」
 とりあえず手は動かしながら、後ろをちらりと振り返って聞いた。
「んー、ホントはえっちしたいけど、このくらいならキスだけでもいいや」
 ……微妙な条件だな……。
「一真、やってもらえよ」
 と、親父……いや、先生までそんなことを言って楽をしようとするし。
「………わかった」
「やった。じゃあ、終わったらキスしてね」
 着ていたマントを脱ぎながら、患者の前に進んだ。


「ホントはあんまりこういうの好きじゃないけど、最近エネルギー不足になってきてるし、贅沢は言えないわ」
 と言って不敵な笑みを浮かべたと思うと、女の子の額を右手でぐいっとつかんだ。
「おい、手荒なことはするなよ」
「ん、大丈夫よ」
 そのわりには莉音の長い爪が女の子の頭にめり込んでいるように見える。
 返事は普段の口調となんら変わりはなかったけれど、目つきがいつもと違う。
 獲物を狙う、獣のような瞳。
 そんな莉音の顔は見たことがなかった。
 まだそんなに長く一緒にいるわけじゃないけれど、初めて見る顔つきに少し戸惑うような気持ちがした。
「お手並み拝見、ってとこだな」
 僕の隣で先生が言う。
「あの子の力がどのくらいのものか、見てみるのもいいじゃないか」
 そういうものか。
 莉音の唇が何かをつぶやくように動くのが見えた。
 その瞬間、青白い光が小さな爆発を起こすように光った。
「……はい、おしまい」
 莉音がそう言うのと同時に、今まで強張っていた女の子の体から力が抜けて崩れ落ちる。
 あんなに爪がめり込んでいた額には傷のひとつもついていない。
 穏やかな表情で眠っていた。



「……どうやったんだ?」
「ん? ただ吸収しただけだよ。ちょっと胸焼け気味だわ」
 胸元を手で擦りつつ、別になんてことないかのように答える。
 その表情はもういつも通りの明るい笑顔だった。
「悪魔はね、共食いするの。あたしはあんまり好きじゃないから、基本的にセックスでおなかいっぱいにするんだけど、最近は一真クンがさせてくれないからさー」
 させてたまるか。
 でもそうか。
 僕に憑いてからというもの他所にひとりで出かけるようなこともないし、セックスがエネルギー補給になるならば、ちょっと悪いことをしたかな、とか……思ってはいけない。
 いかんいかん。
「で、約束のキスはー?」
 と、莉音はニコニコしながら僕を見上げている。
「今? ココで?」
「だって終わったらしてね、って言ったじゃん」
 だって親父もいるし。
 ていうか、そういう問題じゃないかも。
「帰ってからじゃダメなのか?」
「ダメー」
「ああ、私が邪魔なら向こうに行って親御さんに説明したりしてるから。ごゆっくり」
 おいおい。
 患者の女の子の様子を見ていた先生は、両親の待つ部屋にさっさと行ってしまった。
「あ、パパさんごめんねー。」
 なんて言って、莉音は手を振っている。


「……家に帰ってからでもいいのに……」
「やーだ。今。ココでするの」
 僕の首に腕を回しながら微笑む。
 ………仕方ない。
 一度深呼吸をして、莉音の頬に手を添える。
 莉音は微笑んだまままぶたを閉じた。
 ほんのちょっとだけのつもりだったのに、唇を重ねたら莉音の舌が僕の口の中にするりと入ってくる。
「んっ………」
 僕が目を開けると、莉音は目を閉じたまま、キスを続けていた。
 もう一度目を閉じて、莉音の頬に添えていた手を背中に回した。
 無意識に腕に力がこもる。
 緩やかにお互いの舌を絡めて、軽く吸いたてると、莉音のため息のような吐息が漏れた。
 混ざりあったふたりのだ液が莉音の唇の端からこぼれ落ちる。
 何度となく角度を変えて、唇を求め合った。
 気が進まないと思う自分と、……認めたくはないが、どうしても莉音に惹かれてしまっている自分がいる。
 ……やれやれだ。
 長いキスのあと、どちらからともなく唇を離して目を開けると、莉音がうれしそうに微笑んだ。
 その艶やかに濡れた唇が妙に色っぽくて、………いや、ちょっと待て自分。


 神様、僕は……恋に落ちてしまいそうです……。