Man and Woman

OOPS!

08. アル晴レタ昼下ガリ。

 初めて見せる顔を見ても、
 かわいいとか好きだなとか思ってしまうくらいなのは
 やっぱり、病気でしょうか?


 それから、毎日ってわけではないけど何度かキスをしたし、何度かセックスもした。
 でも、好きだとかそういうことは口に出せないでいた。
 どうしてかは自分でもよくわからないけど、……なんとなく。



 しばらく引きこもりのような生活をしていたけれど、久しぶりに街に出かけた。
 たいした用事でもないけど、欲しかった本を買ったり、新しい服を買ったり。
 もちろん莉音もついてきて、服を買うときなんかはいろいろと口を出してきてうるさいくらいだった。


 今日は出かけるということで、莉音にはちゃんと服らしい服を着てもらった。
 肌の露出を抑えることで、ある程度は莉音の持つ『気』を小さくすることができる。
 いつもの格好ではすれ違うだけでも体調が悪くなる人間だっているだろう。
「じゃあ、こんなのどう?」
 と言った莉音は、黒い長袖のワンピースを着ていた。
 薄手の素材で、ひざ下の長さの裾のほうは少し透けて見える。
「これ、かわいい?」
「……まあね」
 かわいいとは思うんだけど、僕はなかなか素直になれない。
 それでも莉音は、僕の返事を聞いてうれしそうに笑った。

 他の人間には姿は見えないから、どんなかわいい服装をしても見れるのは僕だけなんだけど。
 それなのに、なんだかうれしそうに僕の後ろをついて歩いている莉音を見ていると、なんだかデートでもしているような気分になってくる。
「…どこか行きたいところある?」
「うん? 別にないよ。一真クンについてくから、普通にしてていいよ」
「…そっか」
 莉音の姿は他の人は見えないから、ふたりで話をしていても、傍から見れば僕の独り言のように見える。
 ……それはちょっと、アヤシイ人っぽくないか?
「口で話をしなくてもいいようにできないのか?」
「できるよ」
 なんてことないコトのように言うけど。
「どうするんだ?」
「その気になればいいだけだよ」
「は?」
「強く願えば、なんでもできるもんなんだよ」
「……ふうん……」
 そういうもんか?
 ていうか、答えになってないような気もするけど。
 その気になるとか強く願うとかってどのくらいだよ?


 デパートの前の交差点で信号待ちをしていたときに、後ろから声をかけられた。
「あの、…大丈夫ですか?」
「ハイ?」
「何か、具合が悪いとか、ないですか?」
 なんだろ、急に。なんか新手の宗教の勧誘だろうか。
 一応聖職者に向かって勧誘とは、いい度胸してるな。
 まあ、それらしい服装をしてるわけじゃないから、そんなことはわからないんだけど。
「ないです、けど……あれ……」
 声のするほうを振り返ると、見覚えのある顔だった。
「…あ……一真さん…?」
「…美和子さん……」
 僕の後ろでは、莉音がきょとんとした顔で僕と向かい合った女性の顔を見ていた。


 美和子さんは、一度見合いをしたことのある女性だ。
 僕より3つほど年上で、彼女にはそれがあまり気に入らなかったのか、2回ほど会ったあとで断られた。
 僕もまあ、まだ結婚とか意識したことがなかったし、したいとも思ってなかったから、断られて少しほっとしたのを憶えている。
 そして彼女も当然のように、僕と似たような体質の持ち主だ。
「そこにいる女の子、…悪魔じゃないですか」
「うん、まあ。ちょっとイロイロあって……」
 ちらりと莉音のほうを見ると、なんだかニコニコと愛想笑いしてるし。
「でも、一真さんだって聖職者じゃないですか。それなのに、おかしいじゃないですか」
 説明するのはちょっと面倒な気分だった。
 この人すごくマジメな人だし……。
「ちょっと色々あって……契約、したんで」
 あまり詳しいことはしゃべるつもりはなかったけど。
「悪魔と契約するなんて!」
 信じられない、という表情で僕を見つめた。
 そりゃそうだろう。
 僕だって親父のこと、信じられない! と思ったものだ。

そんなふうに考えていたとき、頭の中に莉音の声が響いた。
『一真クン、この人誰?』
 僕らとは少し離れていた莉音のほうを見ると、僕に向かって微笑んでいる。
『……前に見合いをしたことがある人』
 声に出さずに頭の中で答えてみると、莉音は納得したようにうんうんと頷いた。
『なんかちょっと固そうな女だね』
『…まあそう言うな。ちょっとおとなしくしてろよ』
 テレパシーって言うんだろうか。
 不思議な感覚だけど、「話しかける」という気持ちで言葉を頭に浮かべると、莉音に通じているらしかった。
『はーい』
 と、莉音はデパートのショーウインドウを眺めながら答えた。

「あの、少し場所を変えませんか」
 人通りが多すぎて、立ち話をするにしても落ちつかなすぎる。
「その必要はないです。…もう、行きますから」
 その言葉を聞いて少しほっとした。
「そうですか」
 では、と言いかけたのに、彼女はまだ話を続けた。
「でも、一真さん、もっと真面目な方だと思ってたから……お家の方もなんとも言わないんですか?」
「言いませんね」
 むしろなぜか歓迎ムードですけども。
「あんなふうなかわいい顔してたって、悪魔は悪魔です」
 僕はさすがに少しイラついてきた。
「特に悪いことをするわけでもなし、一般人に憑いているよりかはずっとマシです」
「……変わってるんですね」
 彼女はやや冷たい表情で言葉を続ける。
「ええ、よく言われます」
 別に、この体質だし、『変わってるね』という言葉は言われ慣れてる。
 今の場合、意味合いは違っているけれど、同じ言葉だ。
 同じようなものと考えれば、別になんとも思わない。
 僕は彼女の言葉を軽く聞き流していた。
 今日はツイてなかったな。
 そんなふうに考えていた。
「一真さんも、…ご家族の皆さんもどうかしてるわ。…話には聞いていたけど、私、断ってよかっ…っ…!」
 そのとき、彼女の目の前で青白い火花が散った。
「……人が黙ってニコニコ笑ってると思って、なんか調子に乗ってない?」
 僕の後ろから、莉音の声が聞こえた。
「言っていいことと悪いことがあるって、わかってないんじゃない?」
「…この悪魔が…っ……!」
「あたしを消せるとでも思ってる? あなたみたいな子には全然無理よ」
 胸元から十字架を取り出し、切羽詰った表情の美和子さんとは対照的に、莉音は余裕そうな表情を浮かべている。
「そんなもの見せたって、なんにもならないから。……あたしがどれくらいの力を持ってるか、わからない? あなたを殺すことなんか簡単よ?」
 言葉とは裏腹に、穏やかに微笑みながら、僕の前に出る。
 そのとき、美和子さんの胸元の十字架が粉々に砕け散った。
「きゃっ……!」
 通りすがりの数人がぎょっとした顔で彼女を見て行く。
 バラバラと欠片が地面に落ちていくのを見ながら、莉音はくすくすと笑っていた。
「莉音!」
 とっさに莉音の肩をつかんだ。
 ぱっと振り向いて僕の顔を見る。
「やめろ、莉音」
「…一真クン……だって、この人……!」
 不満げな表情で僕の顔を見上げる。
「いいから。我慢しろ」
 僕の言葉に、ぐっと堪えるような顔をして押し黙った。
「……ずいぶんと、飼いならされてるのね」
 莉音の様子を見ていた美和子さんが、胸元の欠片を払いながら捨て台詞のように吐き出した。
「いいかげんに……!」
「莉音!」
 今にも噛みつきそうな勢いの莉音を押さえる。
「美和子さん、今日はこれで……」
「ええ、失礼します」
 本当はもう二度と顔を合わせたくないけれど、今は父が行っている教会の仕事をするようになれば、嫌でも顔を合わせてしまうことになるんだろうな。
 少し重苦しい気持ちで、去っていく後姿を見送った。

「ほんっとあの女ムカつく! 殺しちゃえばよかった!」
 その後もしばらく、莉音の怒りはおさまらないようだった。
「そういう物騒なこと言うなよ」
「だって、一真クンやみんなのこと悪く言うなんて、許せないもんっ」
「……そういう理由?」
 てっきり、自分のことを言われたからかと思っていた。
「だってあたし、悪魔だもん。あたしのこと悪く言われるのは全然平気だし、むしろ上等って感じだけど。でも、一真クンのことや、おうちの人たちのこと悪く言うのは嫌だ」
 莉音の目はいつのまにか涙目になってきていた。
「一真クンもパパさんもママさんも、真子ちゃんもみんないい人なのに。……すっごいムカつく」
「……俺は平気だから。だから、もう殺すとか言うな。」
「でもっ……」
 僕は莉音の頭をぽん、と撫でた。
「いいから。大丈夫だから。だからもう、気にするな」
「……うん……」
 まだちょっと納得してない部分もあるようだけど、それでもそう返事をする莉音を抱き寄せた。
「……ありがとな」
「……ううん……」
 沸点がちょっと低いけれど、怒る理由が少しかわいかったりして。
 しかし怒ったときには微妙に怖いかもな……。


 神様、どうか誰もこの悪魔を怒らせませんように……。