Man and Woman

OOPS!

11. 死ガフタリヲ分カツマデ。

 愛とか恋とか、
 そんなものに人生を左右されるのはばかだと思ってた。

 自分も、そんなばかに、なってしまうらしい。



 悪魔に恋をした。
 でもそれだけのために、これからの人生変えてしまうのはどうかと思ったりするのも事実。
 今の家の仕事を継ぎつつ、見合いをした相手と結婚し、ささやかながら幸せな家庭を築いて。
 そして子どもに仕事を継いでもらって、余生を送る。
 そんな人生計画ががらりと変わってしまうのだ。

 それでも僕は、今の自分の気持ちを……莉音に恋をしているという事実をなかったことにできるほど、クールな人間ではなくて。
 僕の側から莉音がいなくなって1週間、日が経つにつれてなお一層莉音への想いはつのるばかりだった。


 毎日毎日、手のひらの中で例の鍵を鳴らしながら、診療所の奥の部屋の前に立つ。
 扉にはドアノブに差し込む種類の鍵の他に、少し錆びついた古めかしい南京錠がつけられていた。
 ドアノブに手をかけて、……手を離す。
 そんなことを毎日何度となくくり返していた。
「……ばかだ、俺……」
 何やってんだろ。
 自分の想いは、決まっている。
 それなのに、最後の決断ができないことに自己嫌悪してしまう。
 でも、莉音の気持ちがどうなのかとか、今後の自分のこととか。
 そんなことを考えて、躊躇してしまう。

 廊下の窓から外を見る。
 夕暮れの東の空に、細い月がうっすらと現れていた。


 夕食後、またひとりで診療所に来てみる。

 細い弧を描いた月が中空に差し掛かった頃、もう一度扉の前に立った。
 手の中の鍵が、ちゃり…と小さな音を立てる。
 大きい方の鍵を取って、ドアノブの鍵穴に差し込んだ。
 かすかな手ごたえとともに、鍵が開く。
 南京錠には小さいほうの鍵を差し込む。
 錆びついてはいるものの、簡単に錠を外すことができた。
 ドアノブを回すと、きしむような音を立てながら、扉が開いた。

 明かりをつけて中に入る。
 少し埃っぽい小さな部屋の床には、昔描かれたのであろう、魔方陣がうっすらと見えた。
 壁一面が造りつけの本棚になっていて、古めかしい革表紙の本がずらりとならんでいる。
 背表紙を眺めていくと、ほとんどの本が英語とラテン語のもののようだった。
 多少は勉強しているとは言え、辞書がないとまともに読めるものではない。
 日本語で書かれたものを見つけて、息を吹きかけて埃を払って手に取る。
 ぱらぱらとめくりながら内容を確認する。
 悪魔を召喚する儀式についての内容ではあったが、これまで調べたこととそう変わりはないようだった。
 悪魔召喚の儀式については資料が少なくて、不安要素もかなりある。
 しかしそれ以上に、莉音を呼び出したくて、……莉音に会いたい。
 その一心で、魔方陣を描き直した。

 部屋の明かりを消して、準備したろうそくに火をともす。
 魔術書を開き、魔方陣の中心に進む。
「…莉音……」
 どうしても会いたくて。
 側に、いて欲しくて。
 強く強く願う。



 一瞬、小さな火花が散ったように見えたそこには、莉音が背中の羽をはためかせて宙に浮かんでいた。
「……エクソシストが悪魔を呼んでどーすんのよ……」
 少しふくれたような顔で、僕から目をそらす。
「莉音……!」
「……呼ばれたからには契約するからね」
 こほん、とひとつ咳払いをする。
「等価交換無定量。アナタの持ってる何かと引き換えに、アナタの願いを叶えてあげる」
 …決め台詞のつもりらしいが、
「……パチンコ屋?」
 どこで覚えたんだ?
「変?」
 ちょっとね。
 いや、今はそういう話じゃなくて。
「まあ、いいや。……契約、しよう」
 気を取り直して、莉音の目を見つめる。
「オッケー。契約しましょ」
 まだ少しふくれたような表情のまま、莉音が返事をする。
 怒ってるのかな。
 ……怒ってるだろうな。
 キライって言われたもんな…と、少し弱腰になりかけるが、その考えを振り払う。
「……俺に、お前と…莉音と、同じだけの寿命を与えてくれ」
 僕の言葉を聞いた莉音はきょとんとした顔になった。
「はあ? ば、ばかじゃないのっ?」
「うるさい」
 自分でもわかってる。
 こんな契約するなんてばかだ。
「だって、だって…一真クン、エクソシストのくせにっ……」
 莉音はうろたえるような表情に変わった。
 ガーネットの瞳が揺れる。
「いいんだ。できないのか?」
「あ、あたしにできないことなんかないって言ったじゃんっ。でもっ……」
「いいから。お前が欲しいものはなんだよ?」
 交換条件はひとつしか認めないつもりだけど。
「あたしは……っ……」
 少しうつむいて、でも少し潤んだ赤い瞳が前髪の隙間から覗いていた。

「……莉音」
「………一真クンが、あたしと一緒にいてくれるなら……ずーっと一緒にいてくれるなら、叶えてあげても、いい……」
 返事をするのと同時に、僕に抱きついてくる。
「莉音……」
 莉音の細い体を抱きしめると、銀色の髪がさらさらと揺れて、甘い香りが漂う。
「一真クン、ホントにいいの?」
 顔を上げて、僕の目を見ながら確認する。
 その表情がかわいいと素直に思った。
「うん。いいんだ」
「ずーっとずーっと、一緒にいないとダメなんだよ?」
 その覚悟をするのに、少し時間がかかったのだけど。
 ずっとずっと、永遠に、同じ時間を過ごしていく。
「うん」
「ホントに?」
「ホントに。……好きだ、莉音。……あんなこと言って、ごめん」
「あたしも、キライなんて言ってごめんね。…キライになんてなれないよ……一真クンのこと、大好きになっちゃったんだもん」
 と、背伸びをして僕と唇を重ねた。




 ところで。
「オレのどこがいいの?」
 まだあんまりハッキリしないんだけど。
「知りたい?」
「うん」
 恋愛感情なんてものは総じて『なんとなく』で片付けられてしまうものなのかもしれないけど、やっぱり気になるものは気になる。
 これ、と言うものがあるのなら、聞いておきたいというのが本音だ。
 莉音は僕の顔をのぞきこむような表情をしながら、
「……ナイショ」
 と、イタズラっぽく笑った。



 神様、僕は永遠にこの小悪魔に振り回されてしまうようです……。


END



ご意見・ご感想など、お気軽にお聞かせください。

2004/08/18 初稿
2011/05/01 改稿