Man and Woman

OOPS!

12. 君ト僕ト家庭ノ事情。

 唇に柔らかいものがあたる感触で目が覚めた。
「……何?」
「おはよーのキスに決まってるでしょ」
 そういうことをすると決まってるわけではないと反論しかけたけど、意味がなさそうなのでやめた。
 無駄なことはしないのだ。
「珍しく先に起きたんだな……」
「だってこの部屋カーテンなくって明るいし。なんだかそこ、寝づらいし」
 それもそうだ。
 僕だって体中が痛い。
 さすがに診察台をベッド代わりにするのは無理がある。
 僕は首をゆっくりと回しながら起き上がった。
 莉音は机の上に座って、ニコニコと笑っている。


 あのあと。
 契約を交わして、キスをして、そのまま抱き合った。
 ……何回したっけ?
 ほとんど寝ていないことは確かだ。
 とりあえずしばらくはもういいや…と思えるくらいだ。
 ……たぶん、そうもいかないのだろうけど。
 僕は自分では基本的に淡白なほうだと思っていたけど、どうも莉音が相手だと調子が狂う気がする。
 それは僕の体質のせいなのか、莉音が悪魔だからなのかわからないけど。
 裸のまま欠伸をする莉音をぼんやりと見ていた。

「……あれ?」
「うん?」
「角がない」
 角だけじゃなく、耳も人間と同じに丸い形になっている。
 羽は昨夜セックスのときに邪魔だったから隠してもらったままだ。
「今頃気がついたの?」
 くすくすと笑う声が耳に心地いい。
「うん。……そういえば、気配もおかしいと思った」
 そうだ。
 いつもは莉音がいる家には悪魔特有の『気』が満ちてしまって、普通の人では具合が悪くなるくらいなのに、今はそれが感じられない。
「ふっふっふ。今はね、普通の人にもあたしが見えると思うよ」
 と、莉音は得意げな顔をする。
「なんで? ……ていうか、そんなことできるんならいつもしてればいいのに」
 今までそんなことしてなかった気がする。
 ……いや、初めて会ったときには、耳と『気』は出ていたけれど角と羽は出ていなかった。
「だって、人間っぽくなるにはすっごく体力使うんだよ。確実に栄養補給できることにならないと、そんなの無理だもん」
 なるほど。
 昨夜のセックスで栄養補給ができたってことか。
 初めて会ったときも、一緒にいた少年とセックスしたあとだったはずだ。
 時間が経てば、体力の消費とともに『気』も抑えられなくなるし、体も悪魔の体に戻るということか。
 そしてこれからは確実に……うん?
「確実って何?」
「だってこれからは毎日一真くんとえっちできるでしょ」
「……毎日?」
「そ。毎日」
 と、ニッコリ微笑んだ。
「それは無理だって」
「なんでよ?」
 ぷっと唇を尖らせる。
「だってほら、ウチ実家だし」
 今までだってしてなかったわけじゃないけど、毎日は無理だと思う。
 莉音の体のことは家族はみんな知っているとは言っても、防音の部屋でもないし。
「声抑えるから大丈夫」
「声だけでもないし」
 やっぱりなんというか、ベッドの音とかも気になる。
 そのほかにも色々と気になる。
「なんとかなるでしょ」
 そうか?
 あまりにバレバレなのはどうかと思うのだけど。
 悪魔だからなのか、莉音の個人的な性格なのか。
 そういうところにはまるっきり無頓着だから困る。
「だってこういうふうになるのって、ホントに体力使うんだよ。これだって2日くらいしか持たないんだよ?」
「マジで?」
 あれだけしたのに2日しか持たないとは……。
 大きなため息をついても、莉音はそんなことには構わずに診察台に座ったままの僕の膝にまたがった。
「だからね」
 僕の首に細い腕を絡める。
 小首をかしげるような仕草で僕の顔を覗き込むと、さらりと銀髪が揺れた。
「何?」
「もう一回しよ?」
 もういい加減僕の体のほうが厳しいんじゃないかと言おうとした僕の唇は、一言も発することなく莉音の柔らかい唇でふさがれてしまった。

 莉音とのセックスは嫌いじゃない。
 むしろ歓迎できるものだと思う。
 僕だって男だし。
 少し小柄な体つきといい胸の大きさといい、全てが程よく思えたし、何より……こういう言い方はオヤジくさいけど、感度がいい。
 ……と、思う。
 そんなに他の女の子を知ってるわけでもないからなんとも言えない気もするけど。
 それでも僕が何かするたびにかわいらしい声を上げられると、やっぱりこっちもいい気分になってしまうものだ。
 だからついがんばっちゃうんだよな……と、頭の片隅で考えながら、莉音を抱いた。


「……うーん」
「どうしたの?」
「家族になんて言ったらいいのかなと思って」
 セックスのあと、服を着ながら考えていた。
 曲がりなりにもエクソシストなのに、悪魔と契約したと言ったらさすがにまずいだろうか……。
 今回の件は父親が煽ったようなところもあるし、僕だけが悪いわけでは……いや、後悔してるわけではないのだけど。
「お嫁さんもらいましたーでいいんじゃないの?」
 キャミソールを少し長くしたような、ふわりとした布地のワンピースを着た莉音が、なんだか楽しそうに言う。
「よくないだろ」
 よくないと言うより何か意味が違う気がする。
「そっかなー?」
「……まあいいや。なんとかなるかな」
 うちの家族は莉音が居候していてもなんとも思わないどころか歓迎ムードだったし、そんなにたいしたことではないのかもしれない。
「とりあえず帰ろう」
 と、莉音の手を取った。



 家に帰ったときには、ちょうど朝食を終えたばかりらしく、家族全員がリビングにいた。
「……と、いうことで。これからも居候することになったんだけど……いいかな?」
 伺うように家族の顔を見回すと、両親は若干呆れた表情を見せたものの、真子は面白そうに笑っていた。
「ということは、一真は不老不死の体になってしまったってことかい?」
 と言う父親の問いに、
「あ、それは微妙。あたしにもよくわかんないんだよね」
 と、莉音が肩をすくめて返事をした。
「え、そうなの?」
 僕はなんだかまだ実感がないというか、自分で莉音と契約したわりに状況が掴めていないというか。
「でもとりあえずこれで我が家はずーっと安泰だよ、お父さんっ!」
 楽しそうな真子の言葉に、はっと気がついたような顔をする。
「そう言われればそうだなあ。まあ、使い魔がいるエクソシストっていうのもおもしろいんじゃないかな」
 と言って、ニヤニヤと笑った。
「でもちょっと家が手狭になるわねえ。今、急に二世帯に改築することもちょっと難しいし」

 曽祖父がいた頃に建てた築50年の我が家は、改築改修を繰り返しながらそれなりに不便ない造りになっている。
 古い洋館風な造りなだけあって、友人などを呼ぶと「お屋敷」と言われるが、古いだけでそう広いわけでもない4LDKだ。
 両親と成人した子ども2人に悪魔1人の合計5人家族にはやや手狭ではある。
 しかし、我が家は最近車を買い換えたばかりだ。
 さすがに家の改築は経済的に厳しい。
 だからと言って僕の薄給から出すなんてもってのほかだ。
 そもそも銀行が貸してくれないだろう。

「あ、大丈夫。今までどおりで平気」
 莉音が母親に向かってなんでもないことのように返事をした。
「って俺のベッド使うわけ?」
「食費もかからないから。ごはんなくても平気なの」
「あら、安上がりなのねえ」
 そういう問題か?
「うん。一真君にちょっとだけ元気が出るもの食べさせてあげてくれればそれでいいから」
 と言う莉音の言葉を聞いて、飲んでた紅茶を噴き出してしまった。
「……莉音ー……」
 僕が睨んだところで、莉音はそ知らぬ顔でニコニコと笑っている。
 家族のほうはと言えば、この人たちはどうにも鈍いのかそんなことは問題視していないのか、どういう事情かわかってるくせにのほほんとしている。
 僕の常識が一般常識だと思うのは間違いなのだろうか? とも思えてきてしまうけれど、冷静に考えると非常識だったかもしれない願い事をしてしまったのは紛れもなく自分なのだし、全て僕がまいた種だ。
 僕は大きくため息をついた。
「……まあいいや。そういうことでいいなら、この前までと同じってことで」
「うん、わかった」
 と微笑んだ父親に向かって、莉音は
「よろしくお願いします」
 と、ニッコリと笑った。


 その日の夜、布団を敷きながらふと莉音に言った。
「珍しく、行儀いいんだな」
 人間の格好をするのなら必要になると言って、服や生活用品を買いに出かけたりして、一日バタバタとして過ごした。
 服は今日みたいに『力』を使って出せるだろうと思ったが、そんなことで体力を無駄遣いしたくないという理由で、僕の財布から3万円ほど消えていった。
 かなりの大打撃。
 髪と瞳の色は変えられないのだが、度のないカラーコンタクトを入れることで瞳の色は解決。
 莉音はやや文句ありげだったが、外に出かける時だけはカラコンと帽子でカバーすることにした。
 髪の色が銀色なだけに普通に見えるかどうかは微妙ではあったが、外に出た時には近所の人たちにもニコニコと挨拶をするし、誰にでも好感は持てるタイプなのではないかと思った。
「珍しくないじゃん。あたしはお行儀いいのよ」
 ぷっと頬を膨らませてふくれっ面をする。
「そうか?」
 そんなところは今まで見たことがありませんが。
 そう言おうと思ったときにはもう、莉音はまたニコニコと笑顔に戻っていた。
 切り替え早すぎ。
「だってね、ずっとみんなといられるのってうれしいなーって思って」
「……ふーん。そっか」
 今まで知り合った人間はほとんど全ていなくなってしまっていたんだ。
 祖父だってもうあんなふうに年寄りになってしまったし。
 ひとり残されて生きていくのはどんな感じなんだろう。
「一真くんとはずーっと一緒だしね。こんなこと初めてだから予想もできないなあ」
 これからはずっと、僕には莉音がいて莉音には僕がいる。
「ねえ、一真くん」
「何?」
「大好きよ」
 と、目の前にあるのは極上の微笑み。
 こんなふうに言われて、嫌に思う男がいるわけがないと思う。
 それでも、あまりにその笑顔がかわいすぎてこっちは素直に気持ちを口にできない。
「……どーも」
 そう返事をすると、僕の考えていることなんか見透かされているのかと思うくらいにニッコリと微笑んだ。
「だからね、一緒に寝よ?」
 と、僕の手を取った。
「ベッド狭いと思うんだけど……」
 そう言いながらもつい、手を引かれるままにベッドに倒れこんでしまう。


 僕はこの先ずっと、寝不足に悩まされるのかもしれない。
 そう思ったときにはもう、莉音の柔らかな唇が僕の唇に重なっていた。

END

2005/07/16