Man and Woman

OOPS!

16. 波乱ノ予感

 例の秘密部屋の鍵を開けて、ドアを開く。
 埃っぽい、古い本の匂いがして、
「くしゃみ出そう」
 と真子が顔をしかめた。
 莉音を呼び出すときに描いた魔方陣の白い線がくっきりとコンクリートの床に残っている。
「必要な物ってある?」
「ずっと放っておいたものではあるんだけど……ちょっと見てみないとわからないなぁ」
 と、診療所の土地を売却するにあたって確認に来た祖父が、本棚から革の表紙の分厚い本を取り出す。
 僕と真子と莉音で、祖父と一緒にこの部屋の片付けに来た。
「教会の図書館とかに寄贈するのもいいかもしれないな」
 ああいうところは古い資料は喜ばれることも多い。
「こっちの棚は?」
 戸棚を開くと、扉や上に積もっていた埃が煙のように舞い散る。
「うわ」
「ちょ、お兄ちゃん雑過ぎ!」
 真子がヒステリックな声を上げた。
「だからマスクして来いって言っただろ」
 僕はしっかりと防塵マスクを装着して、頭には手ぬぐいも巻いてあるから平気だ。
「なんかいいものあったー?」
 そして莉音はあまりきれいな部屋ではないことを知っていたから、ドアの向こうから入って来ない。
「いいものねぇ……」
 戸棚の中にはいつの物か、何に使うのかもよくわからない物がぎっしりと詰め込まれていた。
 古い革の小ぶりなトランクは鍵が掛けられていて中身は確認できないが、やたらと重いのはあまり中は見ない方がいいような気がする。
 他にロウソクと燭台、化学の実験で使うようなビーカーや小瓶、なんの生き物のものかわからない骨、ナイフや日本刀。
「日本刀?」
 他の物は曽祖父がイギリスから持って来たり取り寄せた物のようなヨーロッパ調のものであることに反して、ひとつだけ異質だ。
 取り出すとずっしりと重みがあり、鞘の中には鋼の刀身が存在することが想像できる。 「これ本物?」
「さあ? 見せてごらん」
 と祖父に手渡すが、祖父がどんなに引っ張っても鞘から引き抜くことができない。
「錆びてるのかな」
「ていうか、こういうのって許可取らないと所持できないんじゃ」
「ヤバいね」
「でも博物館とかにあるようないい刀だったら」
「大儲けだね」
 と、真子と話していると、
「なんかそれ、変」
 とすぐ後ろから莉音の声がした。
「莉音、部屋入ってきたのか?」
「それなんか変な感じ。なんかいる」
「なんかって何?」
「なんか……人? 人じゃないか、でもなんか」
「でもこれ抜けなくてなぁ。一真やってみる?」
 と祖父が僕に手渡す。
「ただ抜くだけ? なんか押すとか……あ」
 特に力を入れたりしたわけではないけど、するりと鞘から刀が抜けて、その瞬間、刀自体が眩しく光を放った。
 思わず目をつぶると、聞いたことのない声が聞こえた。
「……やっと出てこれたな」
「ほらぁ、なんかいた」
 と、莉音は相変わらずのん気に言うけど、その場にいた僕と真子と祖父は、驚きのあまり声も出ない。
 手元にある刀は、実物を見る機会はそうないけれどイメージ通りの普通の日本刀だ。
 そして目の前にいるのは、……人間のようだけど人間とはたぶん違う、人間の男性の姿をした、なにか。
「なんかじゃなくてだな……人間には精霊などと呼ばれるな。そういうものだ」
 人間の年齢で言えば、見た感じは僕と同世代くらいか……やや若いくらいの見た目で、短めではあるが艶のある黒髪、切れ長の目と細く通った鼻筋は日本人的な美しさがある。
 真っ白な羽織袴の装束が人ではないなにかであることを表しているように思えた。
「精霊……」
「俺を出せたのはお前か?」
 と、彼は僕に向かって言ったが、返事なんてできるわけがない。
 ただただ瞬きをして彼を見つめた。
「なかなかの力を持っているようだな」
「はあ……」
「気に入ったぞ。俺を使うと良い」
「ちょ、やだ、あたしの一真くんになに言ってんの」
 と後ろから割り込んで来た莉音に、はっと正気に戻る。
「なんだお前は……魔物か?」
 彼は莉音を見て眉を顰める。
「一真くんの使い魔はあたしだけでいいの」
「俺は魔物ではないぞ」
「似たようなもんじゃないのよ。あたしはモノに取り憑いたりしないけどね」
「うーんと、あまり状況が……よく飲み込めないんだけど」
「お前はばかなのか?」
「一真くんにばかとか言わないでくれるっ?!」
「うーん……とりあえず、貴方はこの刀なんですか? それとも刀とは別の方?」
「ほう、いい質問だな。刀でもあり、別のものでもある」
 ううーん、返事になってないだろう。
 僕は思わず頭を抱える。
「じゃあ、質問を変えます。貴方は霊ですか? それとも別のもの? 僕らみたいな人以外にも見えるもの?」
「ふむ、たぶん見えないだろうな。霊体と言えるだろう」
「なるほどね、ありがとう」
 この刀と一体なら、戻ってもらいたい気もするけど。
 抜いたままの刀をそっと鞘に収めた。
 そのとき、
「……ちょっと落ち着いてくると、すっごいイケメン」
 と真子が呟く。
「イケメンとは?」
「とても美男子ってことです」
「そりゃそうだろうな」
 ……薄々気がついていたけど、なんか面倒なものを出してしまったように思う。
「貴方がいつの時代の方かはよくわかりませんが、今現在ではこのような刀を使うことはありませんし、僕も使う予定もありませんし、できればお引き取りを……」
「お前、退魔師であろう?」
「な、なんで、それを?」
「やはりな。以前の持ち主の女がそうであったからな」
「女……」
 そこで祖父が、
「母のことかな、艶子と言う」
 と声を上げた。
「ほう、おぬしは艶子の息子か」
 艶子というのが曽祖母の名前であることは知っていた。
 だけど、曽祖母も悪魔祓いをしていたとは知らなかった。
 父も祖父もあまり語らないんだけど、もう少し自分の家のことをきちんと聞いておく必要があると思う。
「そうです」
「俺は艶子に、この刀に封じ込められた。だかそれは悪いことではなかったぞ。おかげでその刀も俺もお互いに力を高め合うことができたからな」
「はあ……」
「退魔師の仕事にその刀を使うと良い。いい働きをするであろう」
「では貴方は、どうするおつもりで?」
 と祖父が彼に問いかけた。
「俺か。俺も連れて行くが良い。助けになろうぞ」
「いや、別に……」
「だめだめ! あたしがいるからだめっ!」
「魔物がとやかく言うな。俺はこの男が気に入った」
 やっぱり面倒なやつだ……。
「できれば、お戻りいただきたいんですけど」
「断る」
 まあそう言うよね。
「こんなの一緒になるなんてイヤぁ」
 と、莉音は僕の腕にしがみついたまま、唇を尖らせる。
「うーん、じいちゃん、どうしたらいいかな?」
「うーむ……この方のこともよくわからなくてなぁ。家に母が残した何か文献があるかもしれないが」
「ああ……なんかわかればいいんだけど」
「とりあえず、うちに来ることになるの……?」
 おそるおそるな様子で真子が僕の袖を引っ張った。
「え……いや……うん……なんか、そういうことに、なりそうな?」
「よしよし」
「ヤダぁ!」
まさか、こんなのが出て来るなんて、思ってもいなかったし。


神様、僕の平穏な日々はどうなってしまうのでしょうか……。