Man and Woman

OOPS!

19. 恋イ慕ウ遠イ人

 その夜、父が留学のための試験概要や留学の詳細についての冊子を持って帰ってきた。
 そして祖父も、國稀について曽祖母が書き記したと思われる古いノートを持ってやってきた。
 家族みんなでそのノートを回し読みしていた中には、当の本人である國稀も含まれていた。
「……結局、なんなん?」
「だから精霊だと言っただろう?」
「ううーん、精霊と言うか霊だよね、このノートによれば」
 曽祖母の残したというノートによれば、この日本刀は曽祖母の家に代々受け継がれてきたものらしく、曽祖母がお祓いをするときに使っていたようだ。
 ある少年のお祓いを執り行ったときに現れたのが國稀で、その力が強大だった故に手にしていた武器である刀に封じ込めた、らしい。
「じゃあ、ひいおばあちゃんの敵だったってこと?」
 と真子が國稀に聞く。
「最初はな」
「そのあとは? 閉じ込めたまま?」
「しばらくは俺を封じたまま刀を使っておったがな。あの、渡来人」
「ひいじいちゃん」
「うむ、一真と真子の曾祖父さん……あやつと結婚してからはなあ、めっきり使われなくなった」
 国稀は曽祖父のことを話すときにはやけに憮然とした表情になる。
 よっぽど気に入らないのか、それとも何かほかの感情があるのか。
「まあ、たぶん時代も時代だったからね。戦中戦後は日本刀なんて没収になったんじゃなかったっけ?」
 そうなると國稀をまた外に出すことになってしまう。
 それを防ぐために曽祖母は刀をしまい込んだのだろう。
「じゃあ、何? 國稀って悪い霊だったの?」
「それは、そこの家が俺の祠を壊したうえに家を建てたからだ」
「なんだ、ちゃんと覚えてるんじゃん」
「お前たちと話しているうちに思い出したぞ。そもそも俺はそこの地主神だ」
「へぇー」
「なんとなく、まあ、國稀の出自なんかはわかった。じゃあ、そこに戻るってことはないのかい?」
 と父が言うと、國稀は首を振った。
「もう戻る祠などない。だから艶子が俺にその刀をくれたのだ」
「あー……そういうことか」
 もともと地主神であるということは、その土地に憑いていた精霊で、何かに憑いている必要があるのかもしれない。
「じゃあ、どうするの?」
「俺はこの刀が今は居心地がいい。だから刀とともにいる。そして今これを使えるのは、一真、お前だけだ」
 國稀はテーブルの上の刀をそっと指で撫でた。
「え、なんで?」
「この刀を引き抜くことができたのはお前だ」
「だってそれは國稀が……」
「俺は何もしていない。この刀がお前を選んだのだ」
「え……えー……」
 刀にも何かしらの意思があるってこと?
「ふーん、そっか、だから最初あたしにも『何か』としかわからなかったんだね。國稀と刀とで混ざりあってた」
 莉音が僕の後ろからノートを覗き込みながら小さく頷く。
「そうかもな」
「不思議ー」
「まあ、うちには不思議なことばかり起きるもんだな」
「あと不思議ついでだが、その刀な」
 と、ゆったりとした話し方で國稀が語りだす。
「能力のない者にはただの木の棒にしか見えぬ。艶子の夫がそのように魔術をかけておる。死してなお効力があるとはな……あやつもなかなかの魔術師よの」
「……マジでか」
 と、テーブルの上の刀をみんなでじっと見た。
 僕ら家族はその『能力』があるから、一般人にどんなふうに見えるのかはよくわからない。
「それなら、隠してなくても良かったんじゃないの?」
「だよなぁ」
「やっぱり、國稀が原因かな」
 と、國稀を見るとにっこりと笑顔を見せた。
 ……ほんとコイツ、よくわからない。
「……じゃあ、一真」
 と、祖父が僕に語りかける。
「はい」
「一真が、この刀を持っていなさい。國稀の言うことが事実なら、きっと一真の役にたつだろう」
 ちょっと物騒な代物だけど、この刀の意思でもあるなら仕方がない。
「……はい、うん、そうする」
「あと、國稀。あんまり一真にべったりしないように。莉音ちゃんが困るようだから」
「ふーむ、俺はどちらかと言えば男の方がいいのでな。真子も悪くはないが」
 それ、かなり爆弾発言なんですけど?
 バイセクシャル宣言か。
 そう言えばこのノートにも少年に取り憑いたような話が書いてある。
 僕はもう『少年』て年齢ではないけど、どちらかと言えばそういう方面の好みなのかな、この人……。
「いや、國稀さんめっちゃイケメンだけど、あたしは淳之介くんがいるしさ」
 真子はあっさりとしたものだ。
 そこで莉音が口を挟む。
「一真くんにもあたしがいるから! ね! ね!」
 自分だってバイセクシャルというか、性別全く気にしないで気に入った人間と関係を持つ悪魔が、何を言ってるんだか。
 今は男とはセックスはしないと言っていたが、『男とは』とあえてつけて言うところが、いまだに気になっている……。
 まあ、今はその件は置いといて。
「俺は男とはちょっと」
「ね! そういうことなのっ」
「そりゃあ、残念だのう」
 なんて言いながらも、國稀はニヤリと不敵な笑みを浮かべて僕を見つめる。
 うっかり隙を見せられない気がすごくしてきた。
「一真には少し背負い込むことになるようだけど」
「うん、まあ、莉音のことは俺が決めたことだからいいんだけど……國稀もか……」
「仲良くやろうではないか」
「うーん、まあ、そうだね。よろしく」
 と言うと、國稀は少しうれしそうにし、そして莉音は頬をぷうっと膨らませた。


 その後夜遅くに、自室のベッドに座って、父が持ち帰った留学資料に目を通す。
「試験どう?」
 莉音が横から覗き込んだ。
 昨夜までは國稀も一緒の部屋にいたけど、話し合いの結果、彼は刀と同じリビング隣の和室で過ごすことになった。
 ようやく今までどおりに莉音と二人で寝られるようになって、莉音の機嫌もいいようだ。
 左肩に寄りかかる莉音の体温と甘い香りに、ついその頭をなでてしまう。
「うん、内容としては知ってるところかな……あんまり細かいと微妙だけど」
「あたしはそんなに物知りじゃないから手伝えないよ?」
「いや、そんな、カンニングしようとは思わないよ……」
 その発想、さすが悪魔だな……。
 資料に視線を戻すと、留学中の一ヶ月はバチカンの学校に併設された寮に入るとのことだ。
「バチカン、たぶんお前にはキツいと思うんだけど」
「でもお留守番なんてイヤぁ」
「うん……」
「一真くんだって、あたしがいないとイヤでしょ?」
 莉音が来てからまだ数ヶ月、だけど莉音がいない生活なんて、……機嫌を損ねて家出されることはたまにあるけど、それでも丸一日顔を見られない時点で、僕はそわそわとして落ち着かないくらいに莉音のいない生活は考えられない。
「…………うん」
「声が小さい」
「あー……うん」
「なんとかなるよ、あたしは」
「そうか?」
「だから、試験がんばって」
 と、にっこりと微笑む。
「うん、……サンキュー、莉音」
 と、莉音の細い肩を抱き寄せて唇を重ねた。


 次の日、朝少し遅めに出勤して行った父が慌てた様子で電話をかけてきた。
「仕事?」
 こういう場合はだいたい急な悪魔祓いの要請だ。
『うん、準備してなるべく早くに教会まで来てくれ』
「はい」
『あの刀も持っておいでな。どんなものか見てみたいし』
「あー、了解。あとは?」
『あとはいつもの用意でいいだろう。あ、父さんの服も』
「はい、わかった。じゃあ、すぐ用意する」
 と電話を切る。
「仕事仕事!」
 妙に張り切る莉音と、あまり興味がなさそうな國稀がいる。
「あれ持って行くけど、國稀はどうする?」
 リビング隣の和室に置いてある刀を指して言うと、國稀は立ち上がり、
「俺も行く」
 と微笑む。
「えー、あたしも行くよ?」
「うん、じゃあ、みんなで」
「賑やかな仕事ねぇ」
 と母がのん気に笑う。
「なんかね、しょーがない。莉音、着替えてくるから待ってて」
「はぁい」
 莉音のゆるい返事を聞きながら、二階の自室に向かう。
 クローゼットから黒い神父服の上下とインナーの白いシャツ、上に着るロングコートを取り出して順に着込む。
「ふーん、洋風なのだな」
「ええっ?!」
 不意に背後から國稀の声がして、心底驚いた。
「い、いつから」
「普段着を脱ぐところから」
 驚かされてまだ動悸がおさまらないしそんな服脱ぐところから見てたとか言われても一応同性だから気にすることはないのかなでも僕に対して気があるとか言ってニヤニヤするからもうパニックだ。
「ちょ、ほんと、やめてもらえる?」
 と言うのが精一杯。
 これから仕事だと言うのに。
 それなのに國稀は全然気にしていない様子で、
「あの魔術師と同じような格好だな」
 と不満げだ。
「……國稀はひいばあちゃんが好きだったの?」
 曽祖父の話をするときの憮然とした顔と、曽祖母の話をするときの穏やかな顔との違いは、そういう感情があるんじゃないかと考えていた。
 でも今はもう、曽祖母には会うことができない。
 そのことを、この精霊はどんなふうに受け止めているんだろう。
「……好きって言うのか、まあ、気に入っていたな」
「ふーん……」
「なんだ?」
「いや、別に。なんでもないよ」
 複雑な気持ちがあることだけは、なんとなく察しておく。
 神父服とコートの間にロザリオをかける。
 父の部屋に入り、クローゼットから仕事着を取り出してから、仕事用の革の鞄を持ち、中身を確認する。
 リビングに戻ってまだソファでくつろいでいる莉音に、
「莉音、用意しないの?」
 と声をかける。
「別に特にないかなー。服も今日はこれでいいでしょ?」
 ひらりと立ち上がる莉音は、どこぞのアイドルグループのような制服風のジャケットとミニスカートの上下を着ているけど、黒いしレースがいっぱいだからゴスロリって分類になるんだろうか。
 莉音は黒っぽい服を着ていることが多いけど、腰までの長い銀髪に深紅の瞳には黒がとても似合うと思う。
 そして、やっぱり胸元の谷間が見えるデザインだ。
 そこは外せないんだな……。
「あ、うん。……いいんじゃない」
「あたしのお仕事着」
 と微笑むのがやたらかわいく見えて、思わず目をそらしてしまう。
 そしてリビングの隣室の床の間に置いていた例の刀を手に取った。
「でもこれ、手に持って行くのか」
 腰に差すようなベルトもないし。
「だから俺のような格好がいいんだ」
 と國稀が言うけど、そんな袴なんてすぐに用意できないし、着慣れてもいないから動きにくいだろう。
 今の服装だって動きやすいわけでもないんだけど。
「まあ、急にどうしようもないから、ちょっと國稀が持ってて」
 と彼に手渡した。