Man and Woman

Poker face

04. 結着

「ホントお前、頑固だよなー。子どもの時から全然変わんないんだから」
 私がどんなに怒っても、満は変わらずに……より一層冷静なふうで、少し笑顔まで浮かべていた。
「雫の言うとおり、他の誰でもいいんだ、俺は」
 満が投げやりなふうに見えるのは、気のせいだろうか。
「どうして、そんなに私が嫌い?」
 声が震える。
 嫌われてるなんてことは、知りたい訳じゃない。
「嫌い? そんな訳ないじゃん。嫌いなら部屋にも入れないし、話もしない」
「……意味わかんないよ」
 今までずっと俯き加減だった満が、急に顔を上げて、私を真っすぐに見つめた。
「俺は雫が好きだよ」
 満のその単刀直入な言葉が、現実のものだと理解するのに時間がかかった。
 頭の中で何度も何度も響いている。
「えっ……うそ……」
「嘘じゃないよ。言ったじゃん、雫と同じ高校に行きたかったんだって」
 それは、覚えている。
 でもそんなの、私をからかう冗談だと思ってた。
「じゃあ、どうして」
 付き合ってもらえないの? と聞こうとした私の言葉を遮って、満が口を開く。
「でも、好きだから、……大切にしたいから、付き合えない」
 ますます、私には満の言葉の意味がわからなかった。
「雫が相手なら、今まで俺が付き合ってた子たちみたいに、一回やったら別れるなんてできないし」
 満の話を聞いて、思わず眉を顰める。
「……そんな付き合い方してたの?」
 私の言葉に、満はやっぱり少し苦笑した。
「ま、ね。そりゃあ、ちゃんと相手を決めてセックスしたほうが、血を飲むほどではないけど、身体は維持できるんだ。親は教えてくれなかったことだけどね」
「そう…なんだ……」
 ふと、満の両親のことが頭に浮かんだ。
 夫婦になることで、おじさんはおばさんを死なせずに済んだと言っていた。
 血を分け合うという以外でも、普通の人間に近い身体を維持する方法があるのだろう。
「でも、セックスを繰り返したら、相手の身体に負担が掛かる。……普通の人間ではいられなくなる。だから、効果は少ないけど一回ずつね」
「私……私は、そういうことも考えてた。血をあげてたら、私も普通の人間じゃなくなるって……でも、それでもいいって……」
「だめだ」
 取り付く島もないかのように、きっぱりと拒絶する。
「どうして……!?」
「雫は、普通に…普通に幸せになってほしいんだよ。うちみたいに面倒な生き物の巻き添えにしたくない」
「それじゃあ、満はどうするの? ずっとこのままなの?」
「このまま、は無理かな。今みたいにちょこちょことセックスしたって、身体はもう維持できてないし。もうすぐ直射日光も受け付けられなくなるんじゃないかな」
 満は、まるで自分のことではないかのように、自分には関係ない話のように軽い口調で応える。
「そんな……そんなことで、いいの?」
「仕方ないさ」
 と、満は肩を竦めた。
「俺みたいな生き物は、いない方がいいんだ。他人に迷惑をかけて生き続けるくらいなら、死んだっていい」
 このまま、誰の血も摂取しないでいたら、どうなるか。
 そんなことは簡単に想像がつく。
 だから今、私がこうして覚悟を決めてきたと言うのに、満はどうして……死んでもいいなんて、簡単に言うんだろう。
「そんなこと……そんなことないよ! 満がいなくなるなんて、嫌だよ……!」
 悔しくて悲しくて、涙が零れた。
 満はどうしてそんなに、なんでもない顔をしていられるんだろう。
「泣くなよ、雫」
 満はベッドから降りて、私の側に近付いた。
「雫はさ、誰かいい奴と付き合って、結婚すればいいんだよ。これからいくらでもそういう奴と会えるからさ」
 と、泣きじゃくる私の頭をぽんぽんと撫でた。
「他の人じゃ、ダメなんだよ……満がいないと、ダメなんだよ」
 目の前に見える、満のTシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。
「雫を泣かせたくて言ってるわけじゃないし。しょうがないんだって」
 そんなことを言われても、私は全然、しょうがないなんて思えない。
 でも、しゃくり上げて泣いてしまっているせいで、上手く言葉が出てこない。
「あんまり困らせないでよ」
「それ……こっち、の…セリフ……」
「そんな風に泣かれたら、こっちだって気持ちが揺らぐじゃん」
 その満の言葉を聞いて、私はゆっくりと顔を上げた。
 いつからか、私よりずっと背が高くなった満。
 満の顔を見上げても、涙で視界が揺らいでしまって表情がよく見えない。
「雫のこと、大切にしたいから言ってるのに……」
 満の手が私の頬を包み込んで、指先が私の濡れた頬を拭う。
 ひんやりと冷たい指先の感触に、胸が締め付けられるように苦しくなる。
「私……満が、いるほうが…絶対、幸せだもん。……全然…わかって、ないんだから……」
「わかって……なかったよな、今の雫が俺のこと好きだなんて、知らなかったし」
「そう…だよ、ずっと、好きだったのに……」
 ふと、小さい頃のことを思い出した。
 満と結婚すると宣言して、親たちが微妙な顔をしていた。
 今なら、その表情の意味もわかる。
 だけど私はやっぱり、満の側にいたい。
「……俺の『お嫁さん』になるんだっけ?」
「あ……うそ……覚えて……」
 そこで私の言葉は途切れた。
 満の唇が私の唇にそっと重なった。
 羽根が触れるようにそっと、何度も角度を変えながら、唇を合わせる。
「……ほら、我慢できなくなるじゃんか」
「人のせいにしないで……」
 言い終わらないうちにまた、唇が重ねられる。
 唇の間からとろりとした感触のものが入り込んでくる。
 キスすら初めての私には、それが満の舌だということがわかるのに、少し時間がかかった。
「…ん……」
 唇の隙間から、思わず声が漏れる。
 私の肩を抱く満の手に、力が籠った。
 どれくらいの間そうしていたのかわからないくらい長いキスをして、それでも満はまだ名残惜しげにしながら唇を離した。
「今のは、雫のことが好きだから、我慢できなかったんだ。身体のためなんかじゃない。……わかってくれる?」
「……うん」
「……こうなったからには、責任取ってもらえる?」
 満は悪戯っぽく笑うけど、その瞳は今まで見たことがないくらいやさしい瞳をしていて、私はなんだか恥ずかしくなって目をそらしてしまう。
「……全然、オーケーよ。飽きたって言われても、側にいてやるんだから」
「ホントに? ……でもおじさんに張っ倒されるかもな」
「まあ……それはあるかもだけど」
 額をこすりつけるようにして、二人で笑った。
「ついさっきまで、雫とは絶対、こういうことしないって思ってたのに」
 そう言って、私の額に口づける。
「本当に……いいの?」
 ふと、満の言葉が真面目な声に変わる。
 真っすぐに私の目を見つめる、カフェラテ色の瞳。
「うん。……大丈夫」
 今はわかる。
 満の気持ちが、真っすぐに伝わってくる。
 私の肩を抱いていた満の手が、背中に回った。
「サンキュ、雫」
 私も満の背中に手を回して、深く抱きしめた。
 温かい満の体温に、つい瞼が熱くなって、止まったはずの涙がまた出てしまいそうになる。
「うん……」
 もう一度重ねられる唇。
 頬にもキスをして、そこから滑るように首元に降りる。
「や……あんっ……」
 満がくすくすと笑いながら首元に唇を当てるから、私は思わず首を引っ込めてしまう。
「やべー……血、欲しくなっちゃう」
 その言葉に心臓がどきりと音を立てる。
「……いいよ」
 覚悟を決めてきたつもりだけど、いざとなるとやはり身体が固くなる。
 強張った私の肩を満の手がそっと包み込んで、撫でた。
「まだ、だめ。ちゃんと親に言ってから」
 思ってもいなかった満の言葉に、私は満の顔を見上げて目を瞬かせた。
「……満の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ……」
 それを聞いた満は、悪戯っぽく笑った。
「雫の場合は、ね。……やっぱ、雫とこうやっていられるって、うれしいな。俺、ホントはこうしたかったんだな」
 自分の気持ちを確かめるように呟く満が、なんだかかわいいと思った。

 これからどれだけの時間を、満と過ごすことになるんだろう。
 今の私には想像もつかない。
 だけど、満と一緒にいられるなら、不思議と問題なんて何もないと思える。
「……満」
「うん?」
「……大好き」
「俺も。好きだよ、雫」
 抱き合った満の身体が、とても暖かく感じた。


END
2011/05/22



* あとがき *