Man and Woman

Poker face

side Michiru 02

 雫のことは好きなんだけど、付き合うかと言ったらそれは絶対ないってことで。
 仕方がないから他の子と付き合うのであって。
 ……それってちょっと、いや大分、良くないとはわかってるけど。
 それでも、昼休みに中庭の隅でさやかちゃんと短いキスをする。
 何のために?
 普通の人間と同じような暮らしをするためには必要なものだから。
 ……なんだかそれって俺、悪い奴じゃね?
 まあ吸血鬼なんて基本的に悪者だから仕方ないのかな。

 昼休みが終わって教室に戻って、ため息をつく。
 そこでやっぱり高橋にからかわれるわけで。
「お前、彼女といちゃついてきて、ため息つくなよ」
「胸一杯っつーため息」
 むしろ胸やけ気味。
 やっぱりもうダメかなあ。
 身体だけの関係、みたいに気楽に付き合える子ならまだしも、こういう本気の子はちょっと色々と面倒だと思うことが多い。
 セックスなんてしたら、もうずっと付き合えるとか思われそうで……マズイな。
「……っかしいなあ……」
 独り言をぽつりと呟いた。

 その日の帰り道。
 学校からまだそう離れていないところで、切り出した。
「さやかちゃん、ごめん。……別れよう」
「え……?」
「なんつーか、……上手く、付き合えなくて……悪かったなって思うんだけど」
「どうして? どうして別れるってことになるの?」
「どうしてって……」
 あまり、深追いしないで欲しいところなんだけど。
「いや、ホント俺が悪いんだ。ごめんね」
「そんなの、理由になってないじゃない。ねえ、邑井くん……」
「俺が悪かったってことにしといてよ、それでいいじゃん?」
「それって本当は私に理由があるってことでしょう?」
「……それは……うーん、あまり、……そういうのが、ちょっと」
 そう、そういうのがちょっと合わないんだよ。
 つい本音が漏れる。
 こうやって別れる理由を深追いされるってのも、あまりなかったなあ……なんて考える。
 ……どんだけお気軽な彼女ばっかだったんだよ、俺。
「そういうのって、何? だってちゃんと理由を知りたいって思うのは当たり前じゃない?」
「ちゃんとした理由を言ったら泣かせるだろうからそう言ってんのに、なんでわかんないわけ?」
 思わず言い返してしまった。
 やっぱり、合わない。
 なんかちょっとイラっとくるんだ。
「キスも、……えっちも、しないから? ……わかってるよね、私が初めてじゃないって」
 まあ、わかったけど。
 そして初めてじゃないくせにずいぶんと焦らすやり方が気に入らないと言うのも確かだ。
 ……だけど、それはあまり言いたくないかな。
「別に、それだけじゃないよ。……いや、いいや。ホントに、俺が悪いって思っておいてよ」
 こんなこと、説明するのも面倒だ。
「そんなの……」
「ごめんね、ホント。キリないからさ、これで終わりにしよう」
 まだ何か言いたげな彼女の言葉を遮って、そう言った。
「……じゃあ、俺行くわ。じゃあね」
 と、彼女に背中を向けた。


 失敗したな、と思う。
 彼女と別れたことではなくて、もっと前、彼女とは付き合うべきじゃなかったな。
 その夜、自分の部屋で勉強しながらそんなことを考えた。
 もう少し相手を吟味して選ばないと。
 ……来るもの拒まず、で行きたいけどな。
 ふう、とため息をついたところで、雫のことを思い出した。
 あいつ、どうしてるかな。
 教室では全然目も合わせようとしないし、バスターミナルで同じバスになりそうになったら、急にターミナルビルに戻っていった。
 絶対、俺のこと避けてるだろ。
 しゃっ、と勢いよくカーテンを開けた。
 向かい側の窓はカーテンを閉められていたけど、灯りがついていることはわかる。
「雫ー」
 声をかけてみても、聞こえてないみたいだ。
 窓際に用意してあった小石を、雫の部屋の窓に向かって軽く投げる。
 こういうものを用意してる俺ってかなりいじらしいと思うんだけど、そんなの誰もわかってくれない。
 三つ投げたところで止めて、しばらく様子を見ていたけど、一向にカーテンが開く気配がなかった。
「ちぇ……」
 舌打ちをして窓を閉める。
 雫のヤツ、一回怒ったらしつこいんだよな。
 今回も機嫌直るまで何日かかるんだろ、と思いながら、また机に向かうことにした。

 あれから結局もう四日くらい、雫とは口を聞いてない。
 ここまでって初めてかもしれない。
 よっぽど雫の気に入らない話だったんだな……と、さすがに反省する。
 そう言えば雫は結構正義感強いし、悪口言ってるみたいに思ったのかもしれない。
 でも嫌な気分にさせたことは謝っておきたいな……と、カーテンを開いたとき、窓の向こうに雫が見えた。
「ちょ……」
 慌てて窓を開ける。
 雫は驚いたような顔をしたまま、固まっていた。
「よう」
「う……うん」
 あからさまに強張った雫の顔に、思わず笑ってしまう。
「何よ」
 ぷっと膨れた顔をする雫ってやっぱりかわいいと思うけど。
 本人はわかってないんだろうなあ。
「そんな警戒しなくてもいいじゃん」
「別に、警戒なんか……」
「昨日も一昨日もシカトしてたくせに」
 今の雫の顔を見てると、つい笑ってしまうんだけど。
「それは……それは、満がデリカシーないこと言うから……」
「あー……それは、ごめん」
 やっぱり『デリカシー』なのか。
 高橋の言うこともそんなに適当でもないのかなあ。
「あ…私も、叩いて……ごめん。……えっと、……別れたんだって?」
「あれ、知ってんの?」
 まだあんまり他人にしゃべってないんだけどな。
 そういう情報に疎いと思ってた雫が知っていることに少し驚いた。
「奏絵から聞いた。……なんで?」
 なんでって言われてもなあ……。
「なんでって言われても。合わなかったとしか」
「泣かせたんだって? 珍しい」
 泣いてたのか。
 いや、まあ、けっこう本気だったっぽいし、そうだったらちょっとは泣くよな。
「ああ……、奏絵ちゃん、そんな事まで言ってんの?」
 雫と仲がいい奏絵ちゃん、雫から聞く話ではかなり情報通みたいなんだけど、今回は早いし細かいよ。
「うん、まあ……」
「なんか……うーん、……またデリカシーないとか言われそうから、言わない」
 空気読んでくれない、まではまあいいだろうけど、やらせてくれないはマズいだろうな。
「……あ、そう」
 雫はこうやって『なんでなんで』って言わないから、いいと思う。
 ……まあ、ただの幼馴染以上の気持ちもないってことなんだろうけど。
「ま、良かった」
「何が」
「雫が普通にしゃべってくれて」
「……別に、いつも普通だし」
 どこがいつも普通だよ、と言いたくなるところを抑える。
 まあ、いいや。
「じゃ、そういうことで。勉強するか」
 とりあえず、謝ることはできたんだし、でも雫は相変わらず愛想悪いから会話も続かない。
 窓を閉めようとしたところで、
「……待って」
 と、消え入りそうな雫の声が聞こえた。
 そんな声、初めて聞いた気がする。
「何?」
「満、……えっと、あの……」
 灯りを背にしているから分かりにくいけれど、心なしか頬が紅潮しているように見えた。
 俯きがちに、落ち着かなく視線が泳ぐ。
「何? なんか変だよ、雫」
「うん、ごめん……でも、私……私、満のことが、好き、だと思う」
 雫の口から思っても見なかった言葉が飛び出す。
「雫……?」
 言ってる意味がわからない。
「ずっと、子どもの頃から……」
 そうだったらいいなって思ってたところもある。
 俺が雫を好きなように、雫も俺が好きでいてくれたらって思わなくもない。
 でも、いざそうなったらお互い苦しむだけなんだから、そんなふうにはなってはいけないんだって思ってた。
「……冗談だろ?」
「冗談なんかじゃ……!」
「やめてよ、ホント。雫のことはそんなふうに見たことないし」
 俺は嘘吐きだ。
 ずっとずっと好きだった。
 でも、付き合えないんだってば。
「どうして、私じゃダメ? 他の人とどう違うの?」
 震える声で聞いてくるけど、絶対、ダメ。
「て言うかさ、俺と付き合いたいの? 本気?」
 俺は雫を苦しめたくない。
 俺はどうなってもいいから、雫は……。
「好き、って言ったら、そういうことだと思うけど……」
「ばっかじゃねーの?」
 出来得る限りの冷たい言い方で言い放つ。
 俺が雫に出来ることは、このくらいしかない。
「とりあえず、雫と付き合うなんてことは絶対ないわ、マジで。寝ぼけてたってことで忘れてやるから、もう変なこと言うなよ」
 雫に嫌われるなんて、本当は嫌なんだけど。
 でも、こうするしかないんだ。
「おやすみ」
 と言う言葉は雫に聞こえたかどうかはわからない。
 俺は雫の顔も見ないで、勢いよく窓を閉めて一気にカーテンを引いた。

 心臓がばくばくと音を立てる。
 夜だというのに激しい目眩がして、その場に倒れそうになるのを堪えてベッドに向かった。
 雫のばか。
 何言ってんだよ、マジで。
 そんな気があったなんて、知らなかったし。
 ベッドにうつ伏せで倒れこんで、それでも目眩が治まらない。
 目をつぶっていてもぐるぐると回っているような頭の中で、窓を閉める直前にちらりと視界に入った雫の泣き出しそうな顔が、やけにくっきりと浮かび上がった。
「……ばかは、俺だよ……」
 深くため息をついて、独り言を零した。
 その夜は朝まで一睡もできなかった。