Man and Woman

La Vie en Rose

A Last Line 02

 初出勤の日。
 本社ビルの前で思わずビルを見上げる。
 五階くらいまで全面ガラス張りになっていて、その中もその部分は吹き抜けだ。
 中に入ると、二階分くらいまでの高さまではほとんど全部吹き抜けになっていて、天井がすごく高い。
 真ん中あたりに長いエスカレーターがあって、そこを行き交う人はみんな、やっぱりアパレルメーカーのせいか、どことなくお洒落な感じがする。
「中央のエレベーターって……あれかな」
 リクルートスーツに身を包んだ私はなんだか場違いな気分で、エレベーターに急いだ。

 直人さんが言っていた通り、エレベーターを六階で降りるとすぐ目の前にフロア案内が出ていて、人事部人事課がどこにあるのかすぐにわかるようになっていた。
「あの、おはようございます。藤嶋さんからこちらに伺うように言われました、岡崎ナナと申します」
 人事課のデスクにいた社員の人に、少し緊張しながら話しかけた。
「ああ、おはようございます。話は聞いています。まずこちらへどうぞ」
 と、空いているらしいデスクの方に座らされる。
「人事部の佐々木です。よろしくお願いします」
 と言って名刺を差し出される。
「よろしくお願いいたします」
 私はできるだけ丁寧に受け取りながら、お辞儀をした。
「書類、持ってきました」
「あ、いただいておきます。岡崎さんには専務秘書のお仕事をお願いすることになりますが」
「ええっ!?」
 あんまりに驚いて、大きな声を出してしまった。
「え、聞いてませんでした?」
「あ、ええ、はい……」
 そんな話聞いてない。
 秘書なんてどういう仕事するのかもよくわからないのに。
「ええと、……まあとにかく、そうなんです。よろしくお願いします」
「はあ……よろしくお願いいたします」
 と、頭を下げてみたけど、そんな仕事できないような気がする。
「書いていただいた書類はお預かりします。では専務室にご案内しますので、こちらへどうぞ」
 持ってきた書類をざっと確認してから、佐々木さんは立ちあがった。
 私も佐々木さんを追いかけるように立ちあがってついて行く。
 エレベーターに乗り込み、佐々木さんが上から三番目のフロアのボタンを押した。
 専務なんて役職、……なんというか、『偉い人』だ。
 そんな人の秘書なんて、私に務まるわけがない。
 本当にどうしたらいいんだろう。
 そう思いながら、エレベーターを降りる佐々木さんの背中について行った。

 ビルの中は白い壁とメタル調の建具、そして白木のドアでスッキリとした内装になっている。
 佐々木さんはひとつのドアの前で立ち止まった。
「おはようございます、人事課の佐々木です。専務秘書に配属になりました岡崎ナナさんをご案内しました」
「どうぞ、入って」
 ドアの向こうから声がして、佐々木さんがドアを開けた。
「失礼します」
「お、おはようございます。岡崎ナナと申します。よろしくお願いいたします」
 部屋に入る前に深くお辞儀をして、挨拶をした。
「おはよう。よく来たね」
 聞き覚えのある声に驚いて顔を上げると、そこには直人さんがいつも見せる穏やかな笑顔で立っていた。
「えっ……ええー……?」
「仕事の内容については、僕の方からお話しますから。佐々木さんは通常の業務に戻って結構ですよ」
「わかりました。では、失礼いたします」
 と、佐々木さんは直人さんに向かって一礼して、部屋を出て行った。

「そんなところにいないで、入っておいでよ」
 まだ部屋の前に立ったままの私に、くすくすと笑いながら話しかける。
 直人さんの後ろには、東京の朝の景色が広がっていて、ビルの窓に日差しが反射して、きれいだった。
 直人さんに言われてからやっと、私は専務室に入ってドアを閉めた。
「専務って、……専務、なんですか……?」
「うん、まあね」
 直人さんは机に軽く腰掛けるようにして、私に向かってにこにこと笑っている。
「あの、失礼ですがおいくつで……」
「僕? 二十八だよ」
 その年齢でこの大企業の専務って、普通はないはず。
「ちなみに社長は父親で先代は伯父。いまだに同族経営なんだよね」
「はあ……あ、あの、あたし、秘書のお仕事なんてわからないんですけど……」
「大丈夫だよ。スケジュール管理や出張手配なんかは自分でするし。パソコン、少しはできるでしょ?」
「まあ……ホントに少しですけど……」
「他には来客の応対くらいかな。簡単な仕事だからすぐに慣れるよ」
 直人さんは机から離れて、私に近付いた。
「そう……ですかね……」
 いまいち自信ないけど。
「あとは、そうだな。……こういうことは、どう?」
 目の前まで来た直人さんが少し身体を屈めたと思ったら、顔が近付いて来て……唇が重なった。
 私はびっくりして目を閉じることもできない。
「……キス、初めてじゃないよね?」
「……初めてでは、ないです……けど……」
 もう、どう返事をしたらいいのかわからない。
「前はあちこちの部署で仕事してて、忙しい時もあったんだけど。けっこう暇なんだよね、今の仕事」
 直人さんが言っていることの意味がわからない。
 それなのに、直人さんは私の髪をふんわりとやさしく撫でる。
 ……本当に、意味がわからない。
「だからちょっと、楽しもうよ」
「な、何をですか」
「こういうことをさ」
 と、もう一度唇が重なった。
 直人さんの右手は私の耳上の髪を撫でながら、左手は私の腰を引き寄せる。
「これって、これって……あ、……愛人になるって、ことですかっ……?」
 耳元で吹き出すようにして笑う声が聞こえた。
 こんなふうにキスされて抱き寄せられて、それでもなんだかその声が耳に心地よく聞こえる。
 本当は私、びっくりしてるし怖いはずなんだけど、……不思議な感覚。
「一応、独身なんだけどなあ」
 身体を密着させたまま、私の顔を見下ろす。
「……まあ、似たようなものかな」
 前に思ってた通り、肌触りの良さで直人さんの着ているスーツの質の良さがわかる。
 そして直人さんはほんの少しいい匂いがして、……でも、こんなことするのは、絶対いい人ではない。
「ど、どうしてあたしが……」
 そう、どうして私が今こんな状況にいるのか、理解できない。
「ナナちゃんかわいいなって思って」
 ……本心から言ってるような雰囲気は、全く感じられない。
 でも、そういうことを言われることには慣れていないせいで、私は思い切りうろたえてしまう。
「な、何言ってるんですかっ」
「今、彼氏とかいるの?」
「いませんけどっ……でも……」
「でも?」
 抱き寄せられて至近距離で見つめられてる状態でそう聞かれると、答えが思い浮かばない。
「悪いようにはしないし。お互い大人なんだからさ」
 そう言って、またキスをする。
 私の上唇と下唇をそれぞれ啄ばむようにキスをして、それから、その間に舌を割り込ませた。
 口の中で私の舌を絡め取って、深い長いキス。
 キスをしながら、ほんの数歩動いた。
 私のおしりに固いものが当たって、そこにもたれかかるようにされる。
 目をきつく閉じたままだったけれど、直人さんの机だと思った。
 そのうち、怖い気持ちがだんだんと薄れていく気がするのは、キスがすごく丁寧でやさしかったからだと思う。
 こんなふうに恋人でもない人とキスするなんて初めてだし、好きとか何も言われてないのに。
 それなのに……でも、キスのせいで上手く感情がまとまらない。
 そのうち、私の腰を抱いていた手が、背中を撫ではじめる。
「んんっ……」
 ぞくぞくと粟立つような感覚。
 でも気持ち悪いとか怖いとかいうのとは、違う。
 髪を撫でていた手は、首筋をそっと指先で撫でていく。
「かわいい声」
 頬を伝って耳元に唇をあてて、囁く。
「や、やだ……あっ」
 首筋を撫でた手が肩を通って、その下にたどり着いた。
「けっこう、あるよね。小柄なのに」
 ジャケットの上から胸の膨らみを手のひらで包み込むようにして触れた。
「……好きで大きいわけじゃ、ないです……」
 身長は低い方だけど、胸は普通より大きいなんて、コンプレックス以外の何物でもない。
 友達からはうらやましいって時々言われることはあるけど、セクシーな服とか得意じゃないし、いいことなんて全然なかった。
「そう? ああ、普通にしゃべっていいよ」
 と、両手のひらで胸に触れる。
「うんっ……ん……」
 直人さんに言われたことへの返事とは言い切れないような声が漏れる。
「ジャケットの上からでも、けっこう感じるんだ?」
「や、やだ……そういうこと、言わないで……」
「言わないでと言われると、言いたくなるんだよね」
 ジャケットの、ひとつだけ留めてあったボタンを外してその中に手を滑り込ませる。
 ブラウスのボタンも指先で外していく。
「あの、えっと、こんなところじゃ、誰か来るかもしれないし……」
「大丈夫だよ、専務室に来るときには電話してからってことになってるから」
 そう言ったかと思うと、背中に手が入ってブラのホックを簡単に外されてしまった。
 ……この人絶対、慣れてる。
 そう思う。
 キスからの動作があまりに自然で、つい流されてしまう。
 ……そう、私はもう完全に直人さんのペースに流されてる。
「あ……っ……!」
 胸の先端に触れられて、ビリビリするような感覚が走る。
「まだちょっとしか触ってないけど?」
 と言ってくすくすと笑う。
 その声も今は、私を追い詰めていく。
「んっ……あん…っ……」
 直人さんは手のひらで私の胸の膨らみをゆっくりと揉みながら、指先は先端を摘むように弄る。
「胸、かなり感じる方なんだ? 形も、なかなかいいよね。モテたでしょう?」
 ブラをはね上げて裸の胸が露わになる。
 その先端がつんと固くなっているのが、視界に入った。
「んん……そんなの、ないです……っ…あ……!」
「そうなんだ? もったいないなあ。でもまあ、おかげで僕がこうやって楽しめるんだから、いいけど」
 そして、そこにそっと舌を這わせてから、口に含んだ。
「あんっ……ああ…っ……!」
「ここでそんなになってたら、こっちを触ったらどうなるんだろうね?」
 直人さんはそう言って、太股を撫で上げるようにしてスカートを捲り上げた。