Man and Woman

La Vie en Rose

A Last Line

「生足? スーツの時はストッキングはいた方が、脚がきれいに見えるよ。ま、今はこのほうがちょうどいいけど」
 と、笑う。
「や、朝、伝線しちゃって……」
 ストッキングをはくのはあまり得意じゃない。
 すぐに伝線させちゃって、ちょうど家にはその一足しかなくて、今日は仕方なく生足だった。
「個人的にはパンストよりガータータイプのが好きかな。セクシーでいいと思うよ」
「あのでもっ……こういうのって、あの……」
 おしりを撫で始めた直人さんの手が止まる。
「何? ナナは好きじゃない?」
 彼は私の顔を覗き込むようにして、目を合わせる。
 吐息が肌をくすぐるほどの至近距離に、私はなんだか恥ずかしくなって、俯いてしまう。
「好き、とかそういうのより……わからないって、いうか……」
 好きだとかそうじゃないとか言えるほどの経験はない。
 全く経験したことがないわけじゃないけど、本当に……片手で数えられるくらいしかない。
 そんなだから、こういう行為が好きとか、わからない。
「もしかして、初めてだった?」
「い、いえ……そうじゃ、ないけど……」
「気持ちいいとか思えるほどは、経験してないってことかな?」
「そ、そう……そんな感じ、です」
 私の返事を聞いて、彼はくすりと笑った。
「じゃあ、僕が教えてあげるよ」
 そっと唇を合わせて、唇を触れ合わせながら囁く。
「え?」
「気持ちいいコト」
 そう言ったと同時に、止まっていた手が動き始める。
「あっ…ああっ……!」
 彼の手はおしりや太ももを撫でながら、でも確実に中心に近付いてる。
「あ……!」
 ショーツの上から指先で軽くそこに触れた。
「なんだ、もうこんな濡れてるじゃない。これでわからないとか言うの?」
「や、わかんない……」
 と言うと、彼はそこに指先を軽く押しこむようにしながら、ショーツ越しになぞった。
「あんっ……」
 私が思わず背中を反らすと、彼は私の背中を抱きよせて、私が彼にしがみつくような格好にさせる。
「ちゃんと掴まって」
 薄い布地の上から与えられる刺激に、私の身体はもう自制がきかない。
「ん……あっ、それ、だめ……っ……」
「そうだな、このままじゃ、このショーツ後ではけないね」
 そう言って彼の手は簡単に私の脚からショーツを引き抜いてしまう。
 この人にとって女の子の服や下着を脱がせるのなんて、本当に簡単なことのようだ。
 そして、彼の指が直接、そこに触れた。
「あ、んんっ……!」
 ゆっくりと出し入れしながら、深くまで入ってくるのがわかる。
「これは、どんな感じ?」
「や、やだ……」
「嫌?」
「……そうじゃ、なくて……あんっ……」
 ゆっくりゆっくりそっと確かめるように私の中をなぞる指は、……もどかしいくらいで。
 そんなふうに感じる自分に驚くのと、どう言っていいのかわからないのとで、私はただ首を横に振った。
「もっと、して欲しい?」
 耳元で囁く声は、とてもやさしくて。
 つい、首を縦に振りたくなる。
「……ナナ?」
 そこで、その声で、名前を呼ぶのはズルイと思う。
 絶対絶対この人、私が落ちると思ってる。
 だから本当は、絶対肯定はしたくない。
 ……だけど。
「……あたしが、……もっとって、言ったら……どうするの……?」
「ナナが満足するまで、してあげるよ」
 くすっと笑う声がとてもセクシーで、ぞくぞくする。
 耳元にキスをして、ピアスのあるあたりを舌でなぞって、軽く口に含む。
 吐息が肌に絡みつくように感じて肩を窄めると、頬にキスして、また唇を重ねた。
「ふっ……あ……ああっ……!」
 私の中に埋め込まれた彼の指の動きに合わせて、声が漏れる。
 思わず彼の襟もとをぎゅうっと握ると、少しだけ身体を離して、唇を重ねた。
 そのキスが、本当にやさしくて。
 こんなことするくせに、こんなにやさしいキスをするなんて、ズルイ。
「そろそろ、いいかな? ……ここじゃなんだから、ソファに行こうか」
 彼は机の引き出しから小さな袋をひとつ取り出してから、私を応接セットのソファに座らせた。
 私はもう頭の中がぼんやりとして、何も考えることはできない。
「……いい?」
 彼はジャケットを脱いで、ワイシャツの襟元を開けた。
 ネクタイを緩める仕草が、とても色っぽく見える。
「ん……あっ……」
 ゆっくりと、私の中に彼が入ってくる。
 初めてと言うわけではないし、もう十分に身体の準備はできていたから、特に痛みは感じない。
 ただ、熱くて、苦しい。
「あっ…ああ…っ……!」
 私の声はもう叫び声に近い。
 こんな感覚は経験したことがなかった。
 体の奥のほうがきゅんっと縮むような感覚がしたとたん、頭がしびれるような感じがして、動けなくなる。
「や…っ……はあっ……」
 きつく閉じた瞼の力を少し緩めると、自然と涙がこぼれた。
「痛かった?」
 彼が心配そうに私の頬を撫でる。
「ちが……けど……、……こんな…はじめて……」
 息が切れ切れで、自分でも何を言ってるのかわからないくらいだった。
 ただ必死で首を横に振った。
 彼はそのまま動かずに、私の頬をそっと撫でてくれる。
 こんなこと、ひどいことなのに、どうしてそうやってやさしくするんだろう。
「えっちは、……はじめてじゃ、ないけど……こんなふうになったのが、……はじめて、なの……」
 呼吸が整ってきてから、つぶやくように言った。
 ……こんなことを言うと、子どもっぽいと思われるだろうか。
「そうか。……じゃあ、もっとよくしてあげる」
 そう言って彼はゆっくりと腰を動かしだした。
「あ…あ……!」
 深いところに届くたび、私は声を上げてしまう。
 また、さっきと同じになってしまいそうで怖い。
 でもその怖さが、セックスの快感を煽っていくようにも思えた。
 目を開けて彼の顔を見上げたら、彼は少し微笑んであたしを抱きかかえる。
「ああ…っ……は…ん……」
 彼は私の体を強く揺すって、下から突き上げる。
「……これだと、深くまで入る感じがしない?」
「んっ……あ、あたし……また、変になっちゃう…っ……」
「いくって言うんだよ。……いっていいよ」
「やっ…もう、……あ…っ…あ……!」
 身体の中が跳ね上がるような感覚。
 彼に抱きついていた腕がするりと落ちてしまうけれど、彼はしっかりと抱きしめていてくれる。
「はあ…っ……」
「ナナ」
「ん……」
 名前を呼ばれて重い瞼を開くと、額にうっすらと汗を浮かべた彼が目に入ってくる。
 ほんの少しせつなげに眉をひそめたあと、いつものやさしい微笑みに変わる。
「まだ、だよ」
 その言葉の意味は、すぐにわかった。
 私の中にはまだ、彼が奥深くに入り込んだままだ。
 唇を重ねて、舌を絡ませる。
 ゆっくりと、私の口の中を味わうみたいなキスをして、首筋から胸元へ唇を滑らせる。
「ふ…あ……っ……あ……」
 また身体を打ちつけられる。
 最初はゆっくり、徐々に速さと強さが増していく。
「あ…っ……も、だめ……っ……!」
 その強さにもう耐えられない。
「ナナ……いくよ……っ……」
「ああ…っ……!」
 深いところまで押し込まれたと同時に、彼の動きが止まった。

 彼が後始末をしている間、ぼんやりと天井を見ていた。
 やっぱりこの部屋も、普通より天井が高いように思う。
「ナナ」
「ん……」
 私の反応を見て、彼はくすくすと面白そうに笑った。
「服、直して」
「あ、うん」
 ソファに寝転がったまま、ショーツをはき、ブラウスのボタンを留めた。
 ショーツはやっぱり少し濡れていて気持ち悪いけど、仕方がない。
 その間彼は私の側に座って、髪を撫でる。
「昼は?」
「え?」
「昼ごはん。何か持ってきた?」
「あ、ううん。買いに行こうかと思って……」
 この辺りは会社も多いけど、お店もファストフードからレストランまで色々あるから、ちょっと外に出てもいいと思っていた。
「そうか。じゃあ、一緒に食事に行こうか」
「え、でも……」
 だから、恋人でもないのにそういうのって、どうなんだろう。
 それを言ったら、恋人でもないのにセックスするなんておかしいんだけど。
 そう思うけど、髪を撫でる彼の指が気持ちよくて、そういう考えはどんどんと遠くに行ってしまう。
「いいから。午前中は特に予定もないし、少し休んでいてもいいよ」
「ん……」
 言われるままに目を閉じると、そのまま意識が遠のいていった。

 話し声が聞こえて、意識が戻ってくる。
 自分がどこで寝ているのか、最初は全然わからなかった。
 今日から新しい仕事で、直人さんが専務で、私が秘書で、……セックスして。
「あ、……あれ?」
 寝てる場合じゃないじゃない、と慌てて置きあがったら、直人さんとその他に大きい男の人が視界に入った。
「え……きゃあ!」
 心の底からびっくりして、思わず叫んでしまった。
「ちょ、ごめんごめん、驚かせちゃったな」
 その大きい人は、私の叫び声にびっくりしたみたいで、慌てて謝っている。
 服は、……整えてから眠ってたし、直人さんがブランケットを掛けていてくれたみたいで、脚もちゃんと隠れていた。
「大丈夫だよ、ナナ」
 直人さんは、ややため息交じりで言った。
「おい、もう呼び捨てかよ」
 直人さんはその大きい人の突っ込みは気にしない様子で、
「こいつは平野達也。会ったことあるだろう?」
 そう、理紗子がいいなって言っていた人だ。
 直人さんと同じ会社に勤めているのに、直人さんと全然違ってものすごいカジュアルな服装だったから、不思議な感じがする人だと思った。
「あ、あ……そうですよね……すみません」
「いや、驚かせちゃって悪かったよ」
「うちのデザイナー。僕の高校の時の同級生でね、よくここに来るんだ」
「ちょっと今、路面店出したいって話を直人としててさ。専務に頑張ってゴリ押ししてもらわないと」
「それなら、きちんと締め切り守って仕事してもらえないと」
「……仲いいんですね」
「そうでもないけど」
「おい、そりゃないだろ、直人」
 ご飯食べに来てたときも、楽しそうに話してるなとは思った。
「えっと、お茶お出ししましょうか?」
「お、サンキュー」
 時計を見ると、もうすぐお昼だった。
 そんなに寝てしまっていたなんて、何やってるんだろ、私……。

 お昼は、直人さんが会社の近くのフレンチレストランに連れて行ってくれた。
 普段からこんなランチなのかと思ったけど、今日は特別、と言って笑っていた。
 午後からは、朝の様子から考えたら意外なほど普通に仕事をした。
 と言っても、書類の整理やコピーし直しくらいの、本当に簡単なことしかなくて、それでお給料をいただくのは少し申し訳なく思うくらいだった。

「へえ、コーヒー淹れるの上手だね」
 午後の休憩のときに給湯室でコーヒーを落として持っていったら、彼は少し驚いて言った。
「あ、ありがとう……ございます。前に、カフェでバイトしてたこともあって。給湯室にあったコーヒーだし、普通の道具で淹れただけだけど」
 お湯の温度に気をつけることと、丁寧にゆっくりお湯を注ぐだけで、かなり味が変わる。
 昨日まで働いていた店ではエスプレッソメーカーを使っていたから、ドリップでコーヒーを淹れる機会はなかったけど、私自身がコーヒーや紅茶が好きだから、カフェのアルバイトの時に教わった淹れ方は、今でもしっかりと守っている。
「昨日まで飲んでたのと同じコーヒーだとは思えないな」
「そこまでじゃ、ないと思いますよ」
 と思わず笑ってしまった。