Man and Woman

La Vie en Rose

A Last Line 09

 手を引かれていった先には寝室があった。
 彼がフロアスタンドをつけると、薄い木材を何層か重ねたようなシェードから漏れる柔らかな灯りに、リビングの家具と同じような濃い色の木製のフレームにグレーのファブリックがあしらわれたダブルベッドが、淡く照らされた。
 ベッドの側でまた抱き寄せられてキスをする。
 何度も角度を変えて、唇の感触を確かめるように。
 自分の気持ちを確かめるように。
 ……やっぱり、この人が好きだ。
 これが、最後だとしても。
「……ナナ」
 ベッドに倒されて、また唇を重ねた。
 深く繋ぎあわせて、それでもまだ足りなくて。
 彼の手が私の身体の上を滑りだす。
 もどかしげにブラウスのボタンを外して、その中に指を滑り込ませて、肌に直接触れる。
「ん……あ…っ……」
 私の口からは、言葉にならない声が漏れる。
 何も考えずに、ただ彼を受け入れるだけ。
 いつもと同じに。
「……服、脱いで」
 そう言われて、起き上がってブラウスの袖から腕を抜く。
 スカートも下ろしてベッドの脇に置いた。
 ……下着だけの姿で彼の前に立つのは、初めてだった。
「なんか……変な、感じ」
 心許なくて胸元を手で覆うようにしながらそう言うと、彼は意味がわかったようで少し苦笑した。
「ベッドっていうのも、はじめてだし……」
「そう言えば、そうだな」
 指を絡め合わせて、引き寄せられる。
 私を膝の上に座らせて、直人さんはワイシャツの襟元のボタンを外した。
 初めて見る、彼の素肌。
 彼は私が思っていたよりも、筋肉質な身体をしていた。
「ジムとか、行ってる?」
「いや、前は行ってたこともあるけど、最近はないかな」
 今まで何度もしてるのに、今夜初めてってことが多くて、……初めてセックスするみたいな気分になる。
「あ、えっと……」
 つい、何か話してないと照れくさくなってしまうけど、
「黙って……」
 と、唇をキスで塞がれてしまう。
「う……ん……あっ……」
 唇が解放されたと思ったら、彼の唇は私の首筋を通って、胸元にたどり着く。
 ブラの上から膨らみを手のひらで包んで、ゆっくりと揉んでいく。
「はぁ…ん……」
 背中のホックを外して、ブラを落とす。
 彼の膝の上に座らされてた私を、シーツの上に仰向けに寝かせて、胸を揉みながら先端を口に含んだ。
「んんっ……」
 舌の上で転がしたり強く吸われると、思わず声が漏れる。
「声、我慢しないでいいよ」
「ん……や…あ…っ……!」
 片手は胸を揉みながら、もう一方の手はするすると下に降りて行く。
 ショーツの上からゆっくりとそこを確かめるように触れて、そのまま指先を押し込めた。
「あっ……!」
 それだけでびりっと電流が流れたかのような刺激を感じる。
 彼は私の胸から顔を離して、そこに視線を移した。
 ショーツに指先をかけて、ゆっくりと下ろしていく。
「…ん……」
 ただ脱がされているだけなのに、声が漏れてしまう。
 脚からショーツを抜かれて、私はストッキングだけを身につけているかたちになった。
「これは、どうしようかな」
 と、彼はくすっと笑って、シリコンゴムが入っているレース部分を指先でなぞる。
「あ、ん……」
「これはこれで色っぽいけど、……今日は全部脱がせたい、かな」
「ん、あたし、自分で…する……」
「僕がする」
 そう言って片足ずつゆっくりと下ろしながら、唇と舌がそれを追うように滑っていく。
「や、あ…っ……ああ……!」
 そして両足の膝裏に手をあてがって、脚を身体に押し付けるようにする。
「や、やだ、恥ずかしい……」
 そう言っても、やめてくれることはなく。
 そんな姿勢でいることで露わになった場所に、彼は唇を這わせた。
「あっ……! だめ、そんなとこ…っ……!」
 シャワーを浴びたわけでもないのに、そんなところに口をつけるものじゃないと思う。
 それなのに彼は私の言葉は耳に入っていないかのように、黙ってそこに舌を挿し入れる。
「あっ…ああっ……!」
 今まで感じたことのない感触。
 恥ずかしいし、そんなところ汚いからやめてほしいって思うのに、濡れた舌がうごめく感触は今まで知っていた感触のどれとも違った快感を与えてくる。
「やっ、もうだめっ……だめっ……!」
 枕の端をきつく握っても、どこか遠くへ行ってしまうような感覚。
 身体が私の意志とは関係なく跳ね上がる。
「ああっ……!」
 荒い呼吸のまま目を開けると、こちらを見ながら口元を手の甲で拭う彼の顔が見えた。
「やだ……もう……」
「でも、気持ちよかったんでしょ?」
 くすっと笑って、今度はそこに指が挿し入れられる。
「ああっ……あっ…ん……!」
 中をかき回されると、もう、叫び声のような声しか出ない。
「……そろそろ、いい?」
 僅かに掠れた声でそう囁いて、また唇を合わせた。
「…は……ん……」
 重なった唇の隙間から、返事とも言えないような声で応えた。
 パンツとボクサーショーツを脱ぎ、準備をする彼を待つ。
「…んっ…あ……!」
 身体を重ねるときの圧迫感は、なぜかいつも以上に強く感じられた。
 最初はゆっくりと出入りを繰り返す。
 彼は私の身体を起き上がらせて、向かい合って抱き合うような姿勢にさせた。
 そして唇を押しつけるように繋ぎ合わせる。
 身体全部、溶け合って、一つになれたら……。
 そんなことを頭の片隅で思ったけれど、身体を揺すられて与えられる刺激のせいで、一瞬で消えていく。
「あ…あ……直人さん……っ……」
 縋るように抱きつく私の背中を、彼はそっと、でも強くきつく抱きしめる。
「やっ……」
 やさしくしないで。
 これ以上、好きになりたくないから。
 そう言いたいのに、言葉にならない。
 ただ、いやいやと首を振ると、彼は私の髪を梳くようにそっと撫でる。
 胸の奥が、痛くて苦しい。
 身体を少し離すと、また唇を重ねられる。
 もっと、何もかも全部、考えられないくらいになりたい。
 頭の中を空っぽにして、キスを受ける。
 キスをしながらまた倒れこんで、身体を打ちつけるスピードが速くなる。
「……ナナ……」
「んっ…ん…あ…っ……」
 彼の動きに合わせて声が漏れる。
 私はまた追いつめられていく。
「あっ……い…くぅ…っ……いっちゃう……!」
 そう叫んだと同時に、目の前で火花が散ったような感覚になる。
 白い光が散って、溢れて、そのまま拡がる。
「ナナ…っ……」
 私の深いところに自身を押し込んで、そのまま彼は動くのを止めた。


 ふと気がつくと、彼はベッドにいなかった。
 耳を澄ますと、シャワーの水音が微かに聞こえる。
 裸のままの身体に掛けられたタオルケットに包まって、身体を丸めた。
 家に行くって言われた時から、こうすることはわかってたし、私自身もそうなることを待っていたところもある。
 でも、こんなことしてていいわけがない。
 もう、私じゃない人と結婚してしまう人なのに。
 痛いことをされたわけじゃないのに、彼に触れられた肌がひりひりと痛む。
 これはきっと、ずっと消えない記憶になるんだろう。
 上半身をゆるゆると起こしたとき、彼が寝室に戻ってきた。
「ナナ? 起きてたのか」
 タオルで髪を拭きながら、私の側に腰を下ろす。
「あ、今、目が覚めたとこ。……あたしもシャワー、したいな」
「ああ、いいよ。タオル出してあげる」
 と、立ち上がった彼の背中について行く。

 頭からシャワーを浴びる。
 髪から流れ落ちる水滴をじっと見ていた。
 お風呂の温度管理のためのモニターについているデジタル時計を見ると、まだ深夜とは言えないような時間だった。
 このまま帰されるのか、それともまだ一緒にいるのか。
 ほんの数十分後のこともわからないのに、もっと後のことなんてわかるはずがない。
 彼と私がどうなるのか。
 どうするのか。
 考えたって答えなんて出ないから、その時になるのを待つしかできない。


「……直人さん」
 バスタオルを身体に巻きつけて、寝室に戻った。
 髪はショートだから、タオルで拭いてしまえば水が垂れて困るということもそんなにない。
「……おいで」
 彼はベッドの上で何かファイルを広げて見ていたのをざっと纏めてベッドサイドのチェストに置いた。
 私は黙って彼の側に座る。
「さっき、ナナが直してくれた企画書」
 と、彼はチェストの上のファイルをちらりと見て言った。
「あ、うん」
「読みやすくなって良かったよ」
 と笑う彼は、いつも通りの彼のようだった。
「それなら、よかった」
 私もできるだけいつも通りにしようと笑顔を作ったけど、上手く笑えてるかどうか自信はなかった。

 その後また抱き合って、少し眠った。
 眠ったと思ったら抱き寄せられてキスをされて、目が覚める。
 いつも以上に激しく求められることに戸惑いながらも、彼のぬくもりや肌の匂いを身体に焼き付けるように抱き合った。
 朝まで、ずっと。

 なんだか、泣きそうになった。