Man and Woman

La Vie en Rose

forget me not

 新しくお店を出すことになったテナントビルの改装工事がほぼ終わったというので、直人さんと平野さんと理紗子と私の四人で見に行った。
 大きな通りから細い脇道に入ったところにある、ちょっと古いビルだけど、でもアクセスとしてはいい場所じゃないかなと思った。
 隣には小さな花屋さん、近所にも古着屋さんだったりパン屋さんだったり、小さいけど個性的なお店が立ち並んでいる。
「わあ、なんかいいねえ」
 表側は全部ガラス張りになっていて、一階正面はカフェスペース、奥に販売スペースと事務室があって、中央にある黒いアイアンの螺旋階段で二階へ上がるようになっている。
 配管がむき出しになった天井や壁は真っ白に塗られていて、床は飴色になった木の床材。
 チェリー材のカウンターの向こうにあるカフェのキッチンスペースには、テラコッタのタイルが敷き詰められていた。
 理紗子も、
「いいねー、あたしもこういう感じ好き」
 と言って、内装を見回す。
 新しすぎず、古臭くもなく。
 明るいけど落ち着く感じ。
「お、わかってくれるー? オレの趣味」
 平野さんがうれしそうにそう言った。
 平野さんは見た感じは身体も大きくて体育会系な雰囲気なのに、デザインする服は女の子らしい服が多いし、自分でデザインから縫製、刺繍や編み物までしてしまうらしい。
 人は見かけによらないってすごく思った。
「二階もかわいいー。こういうの女の子は好きだよねー」
 二階の中央には、こげ茶色のアイアンとクリスタルビーズで装飾されたアンティーク風のシャンデリアが吊るされていた。
 壁にはろうそくの形の照明が取り付けられていて、それもアンティークっぽくてとてもかわいらしい。
「ほとんど達也の好みで作ったんだけど、けっこう乙女系なんだよな」
 と、直人さんが笑う。
「乙女上等。メインの客層は二十代から三十代女子だからな。こういうのドストライクだろ」
「うん、こういうテイスト好きな人多いと思う」
「そうそう、女の子はいつまでも女の子でいたいんだよ」
「だろ?」
「なるほどね」
 カフェスペースはシンプルな感じ、販売スペースはそれより少し乙女度アップな感じで、どちらも素敵だし、それぞれ雰囲気は少し違うけど、同じお店であっても違和感は感じなかった。
「テーブルや椅子が入るとまた雰囲気違うかな」
「どんなふうにするの?」
「カウンター席と、中央にテーブルと椅子、窓側奥にソファ席」
 と、直人さんが指をさしながら言うのを聞いて、想像する。
「やっぱりちょっとナチュラルな感じの家具にするんですか?」
「そうそう、中古ですごくいい感じの輸入家具売ってる店見つけたんだよな。この近くだわ」
「じゃあ、見に行ってみようか」
 この内装だったら、まるっきり新品の家具よりも、使いこんだ雰囲気のある家具の方が似合いそう。
「一緒に行ってもいいの?」
 ついて行って邪魔にならないかな、と少し心配になって直人さんに聞いてみる。
「もちろん」
 そう言って彼は微笑んだ。


 ヨーロッパから輸入しているという家具のお店でちょうどいい木製のテーブルと椅子、ソファを見つけて注文した。
 その近くにあったレストランでお昼ごはんにする。
「着々と準備できてるねえ」
 数日前に起業の手続きも済ませて、準備も本格的になってきた。
「事務室ができたら求人広告出せるかな」
 大きなお店ではないけれど、この四人ではさすがに人手が足りないと思う。
 そのうち一人は商品を作るのに忙しいんだろうし。
「今はまだ面接する場所もないしなー。もうできるんだろ?」
「あとは店側の什器が明後日に入るから、それを固定してもらって出来上がりかな。事務室の机なんかも注文してあるし」
「じゃあもう求人出してもいいんじゃね? いろいろと人手があるほうがいいだろ」
「そうだな」
 なんて、直人さんと平野さんで話しているいる時に、
「あの、直人……藤嶋直人、さん?」
 と、声がした。
「はい?」
 四人で一斉に声の主の方を見ると、すらりとスタイルのいい美人な女の人が立っていた。
 私よりも少し長めで毛先をゆるく巻いたショートボブが小さい顔を際立たせているように見える。
 細身のクロップドパンツがよく似合っていた。
「ああ、やっぱり。久しぶりね」
 と、その人が笑う。
 直人さんの顔を見ると、一瞬考えるような表情を浮かべてから、
「ああ……久しぶり」
 と言って、立ち上がった。
「ちょっとごめん、外出てくる」
「え、あ、はい」
 彼がお店の外に出たのを見送ると、理紗子が
「あれ、昔の女だよね」
 と、ぼそっと言った。
「ええっ」
 学生時代とか少し前の知り合いかなーなんてのんびり思ってたけど、そうじゃないなんて。
「だって、『直人』だなんて呼び捨てだったじゃん」
 そう言われると、そうかも、なんて思えてくる。
「そうなんですか、平野さんっ?」
「えー、直人の女なんか把握してねえよ。キリないし」
 キリがないってそんな……。
 そうじゃないかなって感じもしなくもないけど、古くからの友達の平野さんがそう言うと、現実味がありすぎる。
「もうちょっとフォローする言い方はないのー? ナナかわいそうじゃん」
 と、理紗子が言ってくれるけど、
「あいつの女癖の悪さはフォローしきれないって」
 平野さんは平然とそう言って、コーヒーをすすっている。
「……女癖……」
 わからなくもないけど、でも、やっぱりちょっと……けっこう、ショック。
「……気にすることないって」
「理紗子……棒読みっぽい……」
「あ、やっぱり?」
「はぁ……」
 深くため息をついて、コーヒーを口に運んだ。
 ……平野さんってばひどい。
 つき合ってた女を把握できないとか、女癖が悪いとか。
 そもそも、さっきの人だって昔の彼女だとは限らないのに、理紗子が変なこと言うから……。
 今まで前の彼女とか昔のこととか、……全然何もないとは思えないけど、それでも気にしてなかった……つもり、だった。
 最初はあんなだったし、今までだってああやって女の子と遊んでたんだろうとかそういうのはあるけど……そう、『遊んでる』のと『彼女』とはちょっと違う気がする。
 気にしてなかったことが急にこんなに気になるようになったのは、やっぱりさっきの人が美人だったせいもある。
 卑屈になるのはよくないってわかってるけど、あの人と比べると私は背も小さいし、見劣りしてしまうと思う。
 もう一度ため息をついたあと、
「ごめん、終わった」
 と、何事もなかった顔をして直人さんが戻ってきた。
「あ、うん、おかえり」
「そろそろオレ戻って仕事しないと」
「ああ、売る物ができてないと話にならないからな」
 さっきまでと同じに、普通に笑う。
 その横顔を見る私も同じようにしているようで、胸の奥のざわざわした気持ちは消えなかった。


「ただいまー」
 それからずっと直人さんの目を見られないまま、マンションに戻った。
「つきあわせちゃって悪かったね」
「ううん、全然」
「……ねえ、ナナ」
 普段より少し改まった感じの声色にどきりとする。
「え、なに?」
「ちょっと、ここ座って」
 と、リビングのソファを指す。
「あ……はい」
 私が腰を下ろすと、彼も私のすぐ横に座った。
「何、気にしてる?」
「え、え、何も、何のことかな?」
 口ではとぼけてみたけど、しどろもどろだ。
「食事の後からずっと変な顔してた」
 と、私の顔を覗きこむから、私はつい下を向いてしまう。
「へ、変な顔は元からだしっ」
「……こら」
 彼は俯きがちな私の腰を抱き寄せて、頬に手を添えて上を向かせる。
「どうしてそんなに気にしてる?」
 ちょっと首を伸ばせば唇が重なってしまいそうな至近距離で見つめられる。
 こういうのってズルイと思う。
「う……だって……理紗子が、昔の彼女だって……」
 顔は動かせないけど、彼と目を合わせることができなくて、伏し目がちになる。
 だって鼻先が触れるほどの距離で見つめあうって、すごく恥ずかしい。
「……理紗子ちゃん、変なこと言って……」
「……平野さんは、直人さんのこと女癖悪いとか言うし……」
「あいつ……給料低く設定してやるか」
 そう言って眉をしかめる彼の顔、嫌いじゃない。
「でも、だって、やっぱり、つき合ってた人なんでしょ?」
 そう聞くと、若干の間をおいてから、
「……まあね」
 と、返事をする。
「きれいな人だったし……スタイルだっていいし……あたしなんか、ちっちゃいし美人でもないし……」
「何言ってんの」
「あの人、直人さんに会って、なんだか嬉しそうにしてたし……」
「あのねえ、ナナ。昔つき合ってた人に再会したからって言って、すぐその気になるような男に見える?」
「うう……わかんない」
「わかんないって……ナナー」
 彼は呆れたような顔をしてため息をつくけど。
「だってだって、直人さんとまだそんなに長くつき合ってるわけじゃないし」
「言っただろ? 女の子を家に入れたことなんてほとんどないって」
「ほとんどってことは、無いわけじゃないじゃん」
 こういうのは屁理屈だってわかってるけど、私はつい唇を尖らせてしまう。
「こうやって、女の子と一緒に暮らすのは初めてですけど?」
「そ、それは……」
 何も言えないでいたら、そっと唇が重なった。
 ゆっくり何度も角度を変えて触れるだけのキスをして、それから舌先で私の唇をそっとなぞってから、その中に流れ込むように入って来る。
「…う……ん……」
 長いやさしいキスをして、唇が離れた。
 目を開けると、まっすぐに私を見つめる直人さんの瞳が見えた。
「今は、ナナしか見てないから」
「……うん」
「正直言うと、あの人の顔はなんとなく思い出せたんだけど、どうしても名前が思い出せなくて。話を合わせるのに苦労したよ」
 と、肩を竦めた。
「名前忘れちゃったなんて……直人さんってば薄情〜っ」
「しょうがないだろ、だいぶ前のことだし……多分」
 そう言ってばつの悪そうな表情をする彼を見たら、思わず笑ってしまう。
 彼はそんな私を抱きしめて、
「こんなやきもち焼きの子が彼女だと、大変だな」
 と言って、私の頭をやさしく撫でた。
「やだ、普通だよっ。……でも」
「でも?」
 少しだけ身体を離して、私の顔を覗きこむ。
 私よりずっと年上の彼だけど、そういう時の表情はちょっとかわいいと思う。
「あたしのこと……忘れないでいてくれる?」
「うん、じゃあ、忘れないようにずっと側にいてもらわないとな」
 と言って、彼は笑った。

END


2012/02/07