Man and Woman

La Vie en Rose

always belong to you

 遠くで電話が鳴っている音がする。
 早く出なくちゃと思うのに、身体が動かない。
 電話の音は鳴りやまなくて、それでもやっぱりどうしても動けなくて。
 誰か、出てくれてもいいのに……と思ったけど。
「……目覚まし時計……」
 目が覚めてみたら、枕元に置いてあった目覚まし時計が鳴り響いていた。
 引っ越しの時に私が持ってきた、中学生のころから使っているくまのキャラクターものだ。
 手を伸ばしてボタンを押して、ようやく音が収まって私がため息をついたところで、くすくすと笑い声が聞こえた。
「直人さん、起きてるなら止めてくれてもいいのに」
「僕が止めたら、ナナ起きられないじゃない」
「……そうだけど」
「電話、電話ってうなされてたよ?」
「……それなら起こしてよ、ホント……」
 枕に顔を埋めてぼやくと、直人さんは面白そうに笑った。

 私は朝起きるのは苦手で、いつも目覚まし時計と携帯のアラームを鳴らしてやっと起きられる感じだ。
 特に最近は、カフェで出すコーヒーを決めるのに、いろいろなコーヒーをあちこちから取り寄せては試飲する毎日。
 その上新しいエスプレッソマシンの練習もしなくちゃならなくて、普段以上の量を飲んでしまっているせいか、夜になかなか寝付けない。
 エスプレッソは、けっこう眠気に効く。
「眠れないみたいだったから、つき合ってあげたのに」
 と、彼は私の頭をゆっくりと撫でる。
 指が髪の中を通っていく感触が心地いい。
「……ああいうつき合い方はどうかと思うの」
「そう?」
 ……この人絶対わざととぼけてる。
 そう、ああいうことするから余計に朝がつらいような気がする。
「けっこうノリノリだと思ったんだけど」
「そ、それは言わないで……」
 ホント絶対わざと言ってる。
 頭の上でくすくすと笑う声を聞きながら、私はため息をついた。


「眠れないのか?」
 ベッドに入ってからもう三十分くらいは経っていると思う。
 いつもは寝つきのいい私だけど、さっきから何度かもぞもぞと動いてしまっている。
「あー、ごめんね、寝がえりうるさい?」
「いや、そうじゃないけど」
 その返事を聞いて少し安心して、直人さんの方を向いた。
「コーヒー飲みすぎっぽい」
「最近、試飲ばっかりだもんな」
「でもちゃんと飲んで、みんなで絶対コレ美味しいって思った物に決めたいなって思って。エスプレッソマシンの練習にもなるし」
「だいぶ使いこなしてるんじゃないの?」
「まだまだ、いい機械買ったんだから、相当の物を作れるようにしないと……まだなんか味にムラがあるんだよね。淹れた人それぞれで味違ったらダメじゃん」
「そりゃそうだろうね」
 イタリア製の業務用エスプレッソマシンは、卸販売店のサポートは一応あるけど、説明書はイタリア語と英語で書いてあって、わかりにくい。
 というか、私なんかは英語は全然読めなくて、直人さんとか英語が少しわかるっていう販売スタッフの子が調べながらメモしてくれた訳を見てエスプレッソマシンを動かしている。
 そんなだから、来週に迫ったオープンに向けて、とにかく『身体で覚えろ』的な感じで、カフェスタッフみんなで毎日練習している。
 そしてその練習で作ったものは、捨てるなんてもったいないからスタッフみんなで飲んでるけど、販売スタッフに分けてもけっこうな量だった。
「ところで……直人さん、ちょっと近い……」
 直人さんがじりじりと近づいて来て、もう鼻先がつきそうなくらいに迫っている。
「眠れないならその時間を楽しもうかと思って」
 と、笑って、唇を重ねた。
 唇を触れ合わせるだけのキスがしばらく続いたあと、ふと緩んだ唇の間から彼の舌が入り込む。
「……ん……」
 髪を撫でて、頬から首筋へ。
 ゆっくりと滑り出す手の感触に、思わず声が漏れる。
 パジャマの襟元を指先でゆっくり撫でてから、ボタンを外す。
 彼は、キスをしながら手探りのはずなのに、どうしてか滞りない動作で、私のパジャマを脱がせていく。
「……は……」
 唇が離れたら自然にため息が漏れる。
 彼は少し笑って、私の鼻先にもう一度キスして、頬から耳元に唇を触れさせる。
 暖かい吐息が耳元をくすぐった。
「ナナ」
「んん……」
 耳元で名前を呼ばれると、もうダメ。
 彼の思うがままになってしまう。
 胸の膨らみを手のひらで包んで、最初はそっと、でもゆっくりと力がこもっていく。
 先端をつま先で触れて、摘む。
「んっあ…っ……!」
 小さな叫び声を上げる私の唇はまた塞がれて。
 離れるのが惜しいとでもいうように、ゆっくりと唇を離してから鼻先とおでこを触れ合わせて、彼は少し笑う。
「かわいいな、ナナ」
「え……あ…やだ……」
 急にそんなこと言われるとすごく照れくさくて、つい『やだ』なんて言ってしまった。
「恥ずかしい?」
「うん……」
 身体がかあっと熱くなるのは、おなかからその下を撫でていく彼の手の動きのせいだけじゃないと思う。
「じゃあ、言わない方がいい?」
「……やだ」
 首を横に振ると、彼はくすくすと笑い声をたてる。
「言ってほしい?」
「……うん」
 ちょっと迷ったけど、素直な気持ちの方で答えた。
 直人さんが言うほど、私は自分でかわいいって思えないけど、そうやって言ってもらえるのはやっぱりうれしいし、少しは自信持っていいのかなって思える。
 パジャマのズボンを脱いでしまったら、彼の指先はショーツの上をゆっくりと撫でる。
「んん……っ……あ……」
「ねえ、ナナ」
「あっ……」
 返事らしい返事なんてできない。
「ナナも言ってよ」
 なんて言って、あたしの顔をいたずらっぽい瞳をして覗きこむ。
「え……あ、あん……」
 でも彼の指は脚の付け根をゆっくりとなぞっていて、……このタイミングでそういうことを言うのは、なにかと誤解ができそうなんだけど。
「や……恥ずかしい、よ……」
 するすると動く指先の感触に身体をよじらせながら、吐息交じりに返事をする。
「言ってくれなきゃ」
 と、指の動きがぴたりと止まる。
「えっ……」
「なに?」
 彼の意地悪な微笑み。
「え……う、ううん」
 絶対、わかってて言ってるんだ。
 今ここで止められたら、さみしすぎる。
「……直人さんだって」
「うん?」
「……止めるなんて、イヤじゃないの?」
 私の言葉に、彼はちょっと吹き出すようにして笑う。
「うん、よくわかってるね」
「あっ、あん……」
 ショーツの中に指先を滑らせて、その奥に触れた。
「でも、言ってほしいんだ」
 耳元でささやく声が、気持ちいい。
「あ……そういう、もの?」
「うん、言わせたい」
「でもっ……あ…あっ……」
 だんだんと理性とか恥ずかしいって気持ちとかが、どこか遠くに行ってしまいそうになってくる。
「ねえ、言いなよ」
「んん……っ…あ……好き……」
 頭の中ではもっと何回も何回も、呟いてる言葉。
 身体の奥深くに触れられながら、押し出されていくように感じる。
「直人さん……すき……好き……」
「僕もだよ、ナナ」
 そう言って、唇で耳元から首筋に触れて、胸元に降りていく。
 ショーツも脱いで、ふたりとも裸になって、深く抱きしめあう。
「……あったかい」
 暖かくて、気持ちいい。
「……いい?」
「ん……んっ……あ…っ……」
 ゆっくりと奥深くまで彼が入ってくる。
 ベッドに横になっているのに、くらくらと目が回るような感覚になる。
 それはきっともう、上り詰める頂点が近いから。
「あっ……あ……」
 彼の動きに合わせて、声が漏れる。
 その唇を唇で塞がれて、全部重ね合わせて。
 もう何度もこんなふうに抱き合っているけど、やっぱりすごく気持ちよくて、怖くて、しあわせ。
「あ…直人さん…っ……あたし、もう……あ…っ……」
 彼の肩にしがみつくように抱きついたら、そっと髪を撫でてくれる。
 全部彼に任せてしまってもいいって思える。
「直人さん……直人さん…っ……!」
 身体の奥深くで何かがはじける。
 私の声はもう言葉にならない。
 そんな私を彼はぎゅっと強く抱きしめる。
「……ナナ」
「ん……」
 重いまぶたをゆるゆると開けると、やさしく目を細める彼の顔が目に入った。
 身体はまだ繋がったまま、ゆっくりと私を抱き上げて、向かい合って座るような姿勢になる。
「もう少し、いい?」
「ん、いい……」
 何度も唇を重ねて、いっぱいに満たされてるけどもっと欲しい。
 特別セックスが好きってわけじゃない。……と、思う。
 こんなふうに思えるのは、直人さんがはじめてだ。
 私の全部を直人さんのものにして。
 直人さんの全部を私のものにして。
 そんなふうに願いながら、身体を揺さぶられてる。
「直人さん…っ……あたし、また…あ……っ……」
「いっていいよ。いくって言って、ナナの声聴かせて」
 そしてまた私を寝かせて、彼がその上に覆いかぶさるような格好になって、今までよりも強く身体を打ちつける。
「やっ…だめ、それ……いっ…いっちゃう……っ……いく…っ……」
「ナナ…っ……」
 それはもう自分では止められない。
 私の身体が跳ね上がるのと同じに、彼が私の一番深いところで止まるのだけはわかった。

「……ちゃんと眠くなってきたみたいだね」
 彼は簡単に後始末をしてから、隣に寝転んで私の頬を撫でた。
「眠くなったというか……ちょっと違う気もするけど……でも動けない……」
 くすくすと笑う彼の声が耳の中で転がるような感じ。
 すごく気持ちいい。
「パジャマ着ないと風邪ひくよ」
 と、タオルケットを私の上に掛けてくれる。
「ん……でも、動けないもん……」
 目を閉じて、そのまま彼に頭を撫でられて……ゆっくりと意識が遠のいていった。


「ナナ、また寝ないで」
「あっ、そうだ、二度寝はダメっ」
 と、跳ね起きたけど。
「あっ、わっ、パジャマ着てないっ」
 裸のままの自分の姿にびっくりした。
「あのまま寝ちゃったんだろ……」
 直人さんはあきれたように笑うけど、だってあのときはもうパジャマ着る力もなかったし、しかたがないと思う。
 私はタオルケットを胸元まで引き上げた。
「笑わないでよ、もう……」
「だって、ナナがかわいくてさ」
 おかしそうにくすくす笑う彼をちょっと睨んでみるけど、全然なんとも思ってないみたい。
 私の頭をくしゃくしゃっと撫でて、
「はい、おはよう」
 と、やさしく目を細める。
「……おはよう、ございます」
 つい唇を尖らせてそう言うと、そっと彼の唇が重なった。


END


2012/06/09