Man and Woman

satisfaction moment

03. 恋するきもち 

 コーヒーショップで遅めの朝食をとって、郊外の公園まで出かけた。
 高台で街を一望できる景色がいい上にバラの植栽が美しい。
 その中を手をつないで散策をしてから、市街に戻って少しショッピングをして。
 ごく普通のデートを一日いっぱい楽しんだ。
「晩ごはん、どうする予定?」
 彼にそう聞かれて少し考えた。
「どこかで食べてもいいけど……三食外食っていうのもなんだし」
 そして毎回哲弥さんが払ってくれるっていうのもちょっと気が引ける。
 私が払うと言っても、先輩だからって変なところで先輩風を吹かせるのだ。
「じゃあ、うち来る? 適当な感じでよければ」
 と、彼が言う。
「買い物して行く?」
「なんだかんだと二人で食べるくらいのものはあるよ」
 彼は男性にしてはやや珍しいくらいにきちんと自炊をしていて、普段はお弁当も自分で作ってきているくらいだった。
 結婚して奥さんがいると勘違いしている人も多いようだ。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうかな」
「オーケー。喜んで」
 と微笑む彼を見て、ふと女子力という言葉が思い浮かぶ。
 そういうのが、昨日のあれに繋がっているのかな……。
 背が高くて、顔立ちだってどちらかと言えばいい方、声も低い方。
 仕事だってしっかりできる、と言うか、けっこう厳しい先輩だったりもする。
 今までのイメージとしては男らしいタイプだと思ってたけど。
 昨夜の彼を思い出すと、ちょっと……かなり、違う。
 意外だったけど、嫌になるわけではない。
 ……それどころか、かわいいなって思った。
 昨夜の彼の声や表情を思い出すだけでも胸の奥がきゅんとくる。
 だけど今はそういう時間じゃないから、ただ彼の手をぎゅっと握った。


 彼のマンションの部屋で、チキンのトマト煮を二人で作って、冷蔵庫にあったチーズと一緒に、私はワインもいただいたりして。
「哲弥さん、ほんとお料理上手だよね」
「そう? ほのかが手伝ってくれたから早くにできて良かったよ」
「わたしなんて全然、手伝ったうちに入らないでしょ」
 正直、私の部屋よりきれいなんじゃないかと思う、片付いた彼の部屋。
 きれいにしてあるけど普通に生活感もあったりして、緊張するほどのきれいさではないところがちょうどいい。
 私なんてこんなふうに予定外に彼氏を部屋に誘えないよ……。
 なんと言うか、やっぱり女子力なんだよね。
「いいなあ、わたし哲弥さんをお嫁さんにほしいわ」
 と冗談で言ったら。
 明らかに哲弥さんの目が泳いだ。
「いやいやいや、僕一応男だし」
 あれ?
「冗談だよ?」
 そんな必死に否定しなくても。
「あ、そうだよね。うんうん」
「哲弥さん、顔赤いよ?」
「いやいや、なんか、ちょっと。動揺しちゃった」
 なんて言うから、私は思わず吹き出した。
「なんでー?」
「いや、なんでだろ。わかんないけど」
 なんか、かわいいな。
 ……なんて、その時は全然、彼が何を考えているのか気にも止めていなかった。


 車で私のマンションまで送ってくれて、別れ際にキスをして。
「また月曜日に」
 と言って手を振った。
 会社では、今のところは他の人と同じに接するようにしている。
 だから、月曜日にって言っても、恋人の顔ではないから、ちょっと違うんだよね……と思いながら、自分の部屋に帰った。
「お風呂入れようかなぁ」
 とわざと独り言を言うのは、やっぱり少しさみしいから。
 明日は一人で何しよう?
 部屋の掃除や、食事の作り置きのおかずを作ったり。
 することはいろいろ、そんな時間も必要なんだ。
 と、自分に言い聞かせないといけないくらいには、今は哲弥さんに夢中になっている。
 恋愛は、うれしくて楽しくて幸せで、ちょっと面倒なものだ。




 月曜日、いつも通りに会社のそばのコーヒーショップでコーヒーを一杯テイクアウトしてから、会社がある雑居ビルに入る。
 エレベーターのボタンを押して待っている間に、同じ会社の人や別の会社の人が数人一緒にエレベーターを待つことになる。
「あ、おはようございます」
 後ろから声をかけられて振り向くと、哲弥さんがいた。
「あ、おはようございます」
 朝は会うことが少ないんだけど、今日は珍しい。
「今日はちょっと早いですか?」
 社内恋愛禁止だなんていう会社ではないし、私たちがつきあっていることを知っている人も少しいるけど、やっぱり哲弥さんは私より先輩でもあるし、何かと面倒だからということで会社とその近くでは敬語で話す。
「うん、朝一から二件、クライアントに出向かないとならなくて」
「お忙しいんですね」
 初年度は会社の仕事を把握するためという方針で数ヶ月ごとにいくつかの部署に配属されたけれど、結局のところ私は希望通りの事務職になった。
 だけど彼はその時によってクライアントに出向いたり自分の会社で仕事だったりと、なかなか顔も見られないことが多い。
「まあ、ご指名いただけるのはありがたいんだけどね」
「そうですよね」
 そう相槌をうった時に、エレベーターの扉が開いて、その場にいた数人が次々に乗り込む。
 私と哲弥さんも同じように扉の中に入った。
 エレベーターの中は毎朝同じに制限人数ギリギリで、コーヒーのカップを胸元につけるようにしてフロア番号がひとつずつ灯るのを見るとはなしに見上げる。
 そのとき、バッグを持っていた手にそっと指が絡んだ。
 ちらりと横を見ると、哲哉さんはほんの少し微笑む。
 エレベーターの中は制限人数ぎりぎりな感じでいっぱいだから、少しくらい体が触れ合ったところで誰も気にとめないだろう。
 だからと言ってこうやって触れるのも、ちょっとわざとらしいかなと思ったりもするけど。
 こういう子どもっぽいことをするところも、嫌じゃない。
 哲弥さんの部署がある五階でエレベーターが停まり、扉が開いたのと同時に指は離れて、
「じゃ、仕事がんばって」
 と哲哉さんはエレベーターから降りていく。
 私はもうひとつ上の階だから、今日はここでお別れ。
 このあと会社で会えるかどうかもわからない。
「あ、ありがとうございます。て……城田さんも」
 と、彼の背中に向かって声をかけると小さく手を振って応えてくれた。
 その背中が見えなくなる前にエレベーターの扉が閉まる。
 胸がいっぱいな気持ちがしてため息をつきそうになるのをぐっとこらえて、一瞬だけ目を閉じる。
 エレベーターが停まって扉が開いた時にほぼ同じタイミングで目を開けて、箱の外に出た。
 そこでやっと、ふうっと一息ついて、すれ違う人と挨拶を交わしながら自分のデスクに向かう。
「おはようございまーす」
 同じ部署でもうデスクについていたのはまだ二人。
 挨拶をしてデスクに少し冷めたコーヒーのカップを置き、パソコンを立ち上げる。
 コーヒーを飲みながらパソコンの準備ができるのを待っていると、バッグの中の携帯の通知音が鳴った。
 仕事中はあまり携帯を見るのはちょっと……と思うけど、とりあえずまだ始業時間前ではあるから、バッグから携帯を取り出すと画面には哲弥さんからのメッセージが届いていることが表示されている。
『また近いうちに会える?』
 また、という言葉はきっと金曜の夜のようなことを想定しているんだ。
 そう考えて、顔には絶対に出さないけれど、身体の奥がぽっとほんの少し熱くなる。
 ……こんな朝っぱらから、わざとかしら。
 そんなふうに思う気持ちと、またこの前のような時間への期待とが入り混じる。
『今週は特に予定もないから、哲弥さんに合わせるよ。急に残業が入ったらごめんね。』
 と、メッセージを送って、一応確認しておこうとバッグから手帳を取り出して、今月のページを見ながらコーヒーに口をつけたところで、また通知音が鳴る。
 マナーモードに切り替えてから、哲弥さんからのメッセージを確認した。
『あさってでもいいかな?』
 手帳の明後日のマス目は白く空いている。
『オーケーです。時間とかは、仕事の様子を見ながらかな?』
 そう送ってから、今度はパソコンのメールソフトを開いて週末の間に届いたメールを見ながら、今日の仕事の優先順位をざっくりと考えた。
 そのうちにまた彼からのメッセージが届く。
『そうだね。楽しみにしてる。』
 私も、と思いながら携帯を机の隅に置いてパソコン画面に視線を移すと、哲弥さんの仕事の分の事務処理依頼が目に入った。
 彼自身はお休みだったけれど、相手方の会社は平日に休みになる業種で、こうやって週末にメールが来ていることもよくある。
 ……これ、先にやっちゃおうかな。
 なんとなく少しだけ、一緒の仕事をしているような気分になれるように思えて。
 上司にでも知れたら、仕事に私情を挟むのはよくないって思われてしまうかもしれないけれど、ほんの少し浮かれた気持ちで書類作成ソフトを立ち上げた。